なんか思いついたり考えたりしたどうでもいいこと書くページ。エッセイといってもいいけれど、そんなたいしたものでもなく。

安保関連法案について


 社会問題や政治問題について自分の意見を表明することはまったくもって趣味ではなく本意でもないのだが(まあ今さらの感もないではない)、今の日本でそれを語らないのは誠実ではない……というのは、実は建前でしかない。現在の政治の状況や報道のされかた、そしてそれに対する報道やら言論人の反応を見ていると、正直言ってイライラすることが少なくない。

 特に腹が立つのは「戦争法案反対」などと言って政権を叩いて回る連中である。なんで誰もビシッと言ってやらないのかと思うのに、そうした意見をなぜだかあまり見かけない。

 そんな訳で、密かにここで毒を吐かせてもらうことにする。



「日本版集団的自衛権」の在り方について


 私は別に安倍政権支持というわけではないので、まずは自民党への不満について述べておく。私は集団的自衛権という概念自体は認めている。それは現在の国際法上においてあらゆる主権国家に認めらる権利で、当然ながら日本もそれを保有している。これまでは憲法によって自発的にその権利を封印してきた形だが、正式に憲法を改正し集団的自衛権を認める条項を入れるというならば、それを行使することに何の問題もなくなる。

 とはいえ、それはきちんと憲法改正の手続きを踏んだ場合の話。これまでの憲法解釈では「日本は集団的自衛権を持てない」ということで通用してきたのに、その文言を一切変えずに解釈を変更するだけでこれほどの案件(国家の政策の根幹に関わる部分)をあっさりと変えてしまえるというのは、法治国家としてあまりに憲法の権威を軽んじていると言うしかない。「現憲法はアメリカから押し付けられたものだ」という意見もあるが、それから70年近くが過ぎた今でもその理念が多くの国民に受け入れられている現実を見れば、その正当性を今さら云々することに大した意味はない。集団的自衛権を取り入れるというなら、憲法改正は絶対に欠かすことの出来ない手続きだ。

 さらに言うなら、私は集団的自衛権そのものには賛成だが、その相手がアメリカだというのは懸念材料になる。もちろん日本にとってはもっとも頼りになる同盟国で、日本の有事の際にはこれほど頼りになる国は他にないだろう。が、相手は「あの」アメリカである。「世界の警察」を自認するアメリカは対テロ戦争などといった大義の下に、自ら率先して世界各地に軍隊を派遣し武力を行使する。あのイラク戦争がよい例だろうが、あれは決して「自衛のための戦争」などではなかった。

 アメリカのこうした「自衛を目的としない戦争」については、決して日本は巻き込まれてはならない。こうしたケースを集団的自衛権発動の対象としないようきっちりと明文化し、それをアメリカに理解してもらう必要がある。集団的自衛権に基づいてアメリカのために自衛隊を派遣することがあるとすれば、それはアメリカ本土が敵国から攻撃を受けているようなケースに限定するべきだろう(9.11のような事例は該当しない。あれはテロ行為であって国家による武力攻撃ではない。ついでに言うとアメリカによるアフガニスタン空爆は報復戦争であって自衛戦争とはいえない)。

 この辺りのことをちゃんと想定して事前に歯止めをかけておくならば、アメリカを相手にした集団的自衛権もまあ認めてもよいものと思う(私の個人的な印象では、政府案はそれがかなり出来ているように見える。危なっかしい部分もあるが)。

 ただし散々言われているように、「存立危機事態」に原油が入ってこなくなるケースを含めるというのは頂けない。原油確保のための機雷掃海とはいえ攻撃の対象になる可能性は充分あるわけだし、そうしたら自衛隊だって反撃するしかない。その時点で既に紛争状態に入っていると言える。原油のために他国と紛争状態になるというのは、太平洋戦争でアメリカに仕掛けた時と何も変わらない。日本の領土で武力攻撃を受けるのと、原油が入ってこなくて困窮するというのはまったく違う。



 「積極的平和主義」について

 

 以上のように集団的自衛権については議論の余地があるが、積極的平和主義(国際平和支援法)に基づく自衛隊派遣については賛成である(言うまでもないが、日本やアメリカの集団的自衛権の問題と、国際協調の義務を果たすための積極的平和主義の問題とは分けて考える必要がある)。むしろ今までの日本の取り組みが足りなかった。

 今の状況は、国際社会の一員としての義務からのらりくらりと言い逃れして免除してもらってきた日本政府がようやく前進しようとしている場面であり、むしろ歓迎すべきといえる。といっても他の国よりまだまだ負担は少ないわけだが、それでも世界各国の首脳はその決断を賞賛するコメントを発表した(一部の国を除いてだが)。国際社会は紛争地における貧困や非人道的な破壊行為、大量殺戮や女性への夥しい性被害といった人権侵害を監視し秩序を取り戻す為に今までずっと活動してきたのであり、主要国の一員として日本も役割を負うことを期待されてきたのだから、それは当然の話しである。

 だというのに、それに反対する人たちがいる。私は憲法改正の手続きを踏もうとしない自民党政権を批判したが、政府がそうしたくなる気持ちもわからないでもない(だからと言って認めるというわけではないが)。

 安倍首相の性格や自民党の傲慢な体質への批判はともかくとして(あの若手議員の勉強会というのをみればそれも事実なのだろう)、とにかく感情的に騒ぐばかりで対話のできない輩が多すぎる。マスコミが喧伝する「戦争法案」とか「日本は地球の裏にまで自衛隊を派遣できるようになる」などという言葉に踊らされ、「戦争反対」とか「日本を戦争のできる国にするな」というスローガンを声高に喚く連中のことである。

 その中に法案の中身を充分に理解し、その中の何を認めて何に反対なのかをちゃんと理解できている人はどれくらいいるのだろうか?私には、そのほとんどが「戦争法案」という過激な言葉(イメージ戦略)によって思考停止させられ、「とにかく潰さなきゃ」と躍起になっているようにしか見えないのである。

 

 「戦争反対」と言っている人にまず考えて欲しいのは、そもそも「何のために」「誰のために」自衛隊を紛争地に派遣する必要があるのかということだ。欧米を始めとする各国が紛争地に軍隊を派遣するのは国際社会の一員として義務を果たすためであり、具体的には「武装勢力やテロリストに苦しめられる人々を救うため」に他ならない。たしかにその目的を速やかに実行するために武力を用いなくてはならないだろうが(反対派はこれが気に入らないと言うのだろう)、それは警察組織が凶悪犯から市民を守るためにやむを得ず射殺することになるのと本質的には何も変わらない。あるいはDVをする夫からその妻を守るために、児童虐待をする親からその子供を守るために公的機関が介入して、加害者を強制的に被害者から遠ざけるのと変わらない、最小限の強制力だ。虐げられる立場にある被害者に最悪の事態が生じるのを防ぐために、公的権力がその適任者に委ねた強制力であり、その意味で「正当な武力行使」なのだ。

 もちろん卑劣な加害者が相手だろうと、強制的に命令したり武力によって無力化(拘束・殺害)することなく、説得によって平和的に被害者を救うことができればそれが最善ではある。しかし緊急事態においては武力を用いることを躊躇ったがために、何の罪もない人々が凶悪犯に殺されてしまうということが往々にして起こる。凶悪犯やテロリストの身を気遣ったがために一般市民が犠牲になることほど本末転倒なことはないだろう(そんな警察官がいたら市民はむしろ糾弾するに違いないのだ)。武器や武装によって人間を害することが「悪」であることは否定しないが、こうした緊急事態においては救うべき対象を守るために許容される「必要悪」であるのだ。

 もちろん必要悪とはいっても暴力であるから、極力用いられないのが一番である。しかし例えば児童虐待やストーカー事件などのように、児童相談所や警察が被害者を救おうと動いたケースでさえ力及ばず、最悪の事態に到ることがあるのは誰でも知っている。まして紛争地の武装勢力やテロリストが国際社会からの圧力や和平勧告を受けたところで、そう易々と銃を手放す筈もないことは子供でもわかるだろう。

 そうした悠長な説得交渉を続けている間に、紛争地では一日に数十人、あるいは数百人という規模の死傷者が出ることになる。世の中には「暴力=悪」「軍隊=悪者」と短絡的に考え、あらゆる武力行使を非難する人間がいるが、警察が犯罪を取り締まることは認めているくせに(しかも日本は死刑制度を容認しているというのに)国際社会の付託を受けた軍隊が武装勢力を取り締まるために武力を用いることの一体何が問題なのか、私にはわからない。暴力を非難するなら、なによりもまず罪なき人々へのいわれなき暴力をこそなんとしても阻止しなければならないことは明白ではないのか?警察の職務を容認しておきながら、軍隊の担う警察的職務を非難することは「軍隊=悪」という偏見から生じるダブルスタンダード以外の何物でもない。


 このように言うと「国内の事件に日本の警察が対処するのと、国外の紛争地に日本の自衛隊を派遣するのはまるで事情が違う」という反論も出るだろう。要するに「国外の事件にわざわざ首を突っ込む必要はない」という理屈だが、その本質は他国の戦争に巻き込まれたくないという自己保身であり、さらにその奥に隠れているのは「顔を見たこともない他国の人間がどうなろうと知ったことじゃない」という身勝手な、国際協調の精神とはかけ離れた冷酷な本音に過ぎない。

 しかしこんな身勝手な理屈は二つの観点から許されない。それは「国際社会における義務」「人道的見地からの道義的責任」である。


 戦後の国際社会は冷戦下にの様々な障害や国連安保理の機能不全に晒されながらも、世界各地の内戦や武力衝突、壊滅的な災害などに苦しむ人々を救うために、そして国際社会の秩序を守るために、充分とはいえないまでもそれなりの役割を果たしてきた。米ソの核戦争の危機はひとまず回避され、小規模な紛争はあっても全面戦争には到らなかった。

 それは日本にとっても他人事ではない。国際社会の秩序が全体としてはある程度のレベルで保たれていたからこそ長らく平和を謳歌することができたのだし、ここまで経済を発展させることもできた。あの東日本大震災で国中が沈んでいた時には、世界各国からの温かい支援の手を差し伸べてもらえた。そして何より、もし仮に今後日本がどこかの国から攻撃を受けることがあったとしたら、同盟国のアメリカはもちろんのことだが国際社会の有形無形の支援を期待しないわけにはいかないのだ。

 戦後日本の歩みは、戦争に巻き込まれなかったという点で大きな恩恵を受けている。しかしその「日本の平和」は自然に生じたものでは決してなく、国際社会が多大な労力を割いて維持してきたものなのだ。このように多大な恩恵を受けておきながら日本だけその協調に貢献せず、義務を果たすことなく「ただ乗り」し続けることは仮にも主要国の一員として許されることではない。


 そしてまた、「紛争地の人々に対する」道義的な責任という面もある。

 他国の紛争に干渉するのはたしかに内政干渉と捉えることもできるわけで、一概に正しいとばかりは言えない。しかし忘れてはならないのは、他ならぬ紛争地において虐げられている市民や難民の人々自身が国際社会からの救援を望んでいるという紛れもない事実だ。

 彼らの苦境は我々には想像も出来ない。先進国である日本に暮らす私達ならいわれない暴力に曝された時には公的機関の保護を求めることができる(権利が保証されている)が、彼らはそうではない。紛争地においては政府がその実務能力を失っているということが往々にしてあるし、信じがたいことに政府側の勢力が国民に危害を加えることすらあり得る。頼みの綱の政府機関ですらまったく頼りにならないという、私達には想像もつかない絶望的な状況に置かれた人々が最後に縋り、支援を求めるのが国際社会なのである。

 そんな人々が、国際社会からさえも見棄てられたらどうなるだろう?彼らには絶望しか残らない。「国際社会は何もしてくれない」、と呟く疲れきった難民の人々の姿を、貴方はテレビで見たことはないだろうか?

 私達からしたら遠い国の出来事であり、助ける義理も義務もないとすら感じる人だっているかもしれないが、国際社会からの(すなわち私達の)支援の手を彼らは待ち望んでいる。自分達だけ平和な生活や豊かな暮らしを存分に堪能しておきながら、苦境に喘ぐ彼らの悲鳴に耳を塞ぎ無視し続けていれば、その期待がいつか憎悪と怨嗟の念に変質したとしても何ら不思議はないのだ。


 しかしこのように言うと「何を言っているんだ。日本はずっと国際貢献をしてきただろうが」と思われる人もいるかもしれない。たしかにその通りだ。日本はこれまで一貫して軍事支援はしてこなかったものの、その代わりとでもいうように多額の援助をしてきた。

 これは実に上手いやり方で、実利的な面からのみ言えば最上のやり方とすら言える。なにしろ武装勢力に対しては敵対行動を取らないから恨みを買う危険性も少なく、多額の資金や物資を提供することで国際社会には最低限の義理は果たせるし、復興支援に協力するならば地元政府や市民・難民からは感謝される。言ってみれば八方美人的な、誰に対してもいい顔をして恨まれることのない、実に日本らしい八方美人的なやり方である。汚れ仕事には決して手を出さないから、誰からも深く感謝されることがない代わりに酷く恨まれることもない。

 私がこのような言い方をするのは、そんな日本のやり方が姑息で卑劣だと思うからであり、しかもそれを恥じるどころか誇り、称揚する輩さえいるからである。

 当たり前の話ではあるが、平和維持活動というものは物資や資金の援助だけでは解決できない。紛争地の治安を回復するためには軍隊が駐留し監視を続けることが必要となるし、時には武装勢力を掃討する必要がある。このような必要最低限の武力行使、いわば「汚れ仕事」をやる人間がいなければ秩序はいつまでも回復することなく、延々と援助を続ける羽目になる。これは例えるならば夫のDVに苦しむ女性や児童虐待に苦しむ子供を助けようとして、しかし肝心のDV男や虐待をする親はまったく放置しておいて、被害者の怪我の治療や相談を延々と続けるようなものである。

 しかしいくら被害者のケアを手厚くしたところで、問題のそもそもの原因となっている加害者(DV夫や虐待をする親)を何とかしなければ根本的な解決策にならないことは誰にだってわかる。それは命の危険を伴い、しかも加害者から恨まれる可能性のある「汚れ仕事」だ(厭な言い方だが、実際にそのように感じる日本人は多いようだ)。

 誰だってできればそんなことをやりたくはない。もちろん、各国の政府や軍隊にしたところで同じことだろう。しかしそれがどうしても必要で、誰かがやらなくてはならないとわかっているから、各国がその義務を請け負っているのだ。

 だというのに日本はその義務を嫌がり、ひたすら逃げ回ってきた。先に「誰からも深く恨まれず」と言ったが、現地の人々のために危険な思いをしている各国の軍隊の人達、時に相手と戦闘になることで深刻なPTSDになることもある兵士達であれば、表に出てこない日本に言いたいことがあって当然だろう。

 日本が国際社会に復帰してからと言うもの、こうした八方美人的な外交政策を指揮してきたのは政府、つまりは長きに渡る自民党政権だが、しかしそれを政府に求めてきたのは誰あろう私たち一人一人である。戦後民主主義の教育によって「戦争恐怖症」「軍隊忌避症」が染み付いてしまった日本国民が、その総意として政府にそう強いてきたのだ。

 その事なかれ主義の体質は、半年前のあのISによる日本人人質事件の時に何度も言われた言葉、「日本はこれまでイスラム過激派の標的になってこなかったのに」という、(まるでその事実を誇るかのような)安倍政権への非難の言葉に色濃く表れている。その非難の意味するところは、「日本はこれまで通り誰に対しても敵対せずに、憎むべき卑劣なテロリストの感情だって害さずにやっていきましょうよ」という恥知らずな本音に他ならない。

 安倍首相自身の本音や狙いがどこにあるかは私の知ったことではない。が、たとえアメリカにせっつかれた結果だとしても自民党がようやく国際社会における一人前の国家へと一歩前進しようと呼びかけているのに、臆病で利己的なマスコミと国民が躍起になってその足を引っ張っている。安倍政権の方針を支持しているというわけでもないが、今の日本にそんな一面があるのは確かな事実である。



 「自衛隊が人を殺すのは厭だ」という感情論について

 

 ……と。一人で好き勝手に意見を述べてきたわけだが、「戦争反対派」を始めとして私と違う立場からは、当然ながら様々な反論があることだろう。

 以前にテレビで見て驚いたのだが、ある反対派の人がインタビューに答えて「自衛隊の人が他国の人を殺したり、殺されたりしたら厭だ」といっていた。どうもこのように感じる日本人は少なくないらしく、テレビに出てくる言論人や宗教関係者などが「自衛隊は今までに一度も外国人を殺してこなかったのに、活動を広げれば紛争に巻き込まれる恐れがある」という主旨のことを盛んに言い立てるのもこれと根は同じで、「日本の自衛隊が人を殺すということ」自体に強い拒否感を抱く人々がいるらしい。

 こうした意見を持つ人達は「殺人」という行為に強い拒絶感情を持ち、自分が属する日本の組織(自衛隊)が他国の人間に危害を加えることで、自分もまたその行為に加担してしまったと感じてしまうのだろう。少しばかり性根の捻じ曲がっている私からすればあまりに感傷的に過ぎるとも思えるが、むしろそういう人達の方が私などよりよほどまっとうな倫理観を持っているといえる。なにしろ実際に自分が手を下したというわけでもなく、また自衛隊にとりわけシンパシーを抱いているというわけでもないだろうに、自分の国の有する部隊というだけで罪悪感を抱くのだから。自分には関係のないことと目を瞑ることもできるというのに(実際大半の人間はそうだろう)、そうは思えないというのだから正義感・責任感の強い人だと言える。

 つまるところ、こうした人達が反対する理由は「自衛隊が人を殺すこと」への拒否感であり、罪悪感であると言える。言い換えれば、それは理屈ではない。その人の抱く倫理観から生じる、「殺人は悪いことだから厭だ」という感情論に他ならない

 誤解してもらいたくないのだが、私は別に理屈の通らない感情論だからといって、取るに足らないものと見做しているわけではない。むしろ感情こそが人間の価値観や倫理観の源泉であり、あらゆる理屈の根底に潜むものだと考える。どれほどもっともらしい理屈を重ねようと感情が動かなければ人は心の底から納得したとは言えない。議論は理屈によって相手の理屈を捻じ伏せるものではなく、理屈の奥にあるその人に届かなければ何の意味もないと私は信じている。誰になんと言われようと、厭なものは厭だ。当たり前の話だ。

 だから私は「自衛隊が人を殺すのはどうしても厭だ」と感じている人に対し、「そう感じるな」とか「そんな風に感じる必要はない」などとは口が裂けても言わない。私が試みたいのは「その感情をもっとつぶさに見つめ、そしてその正体を見極めてほしい」という提案であり、そして「たとえ厭だとしても、なんとか堪えてもらうことはできないか」というお願いである。

 

 「感情の正体を見極めてほしい」と言うのはこういうことだ。どうも戦争反対派の多くの人は「自衛隊が人を殺すこと」への拒否感が強すぎて、そもそも何のためにそれが必要なのかということをあまり意識していなのではないかと思えることが少なくない。先にも書いたが、彼らは紛争地の人々を守り、その暮らしや生命を守るために派遣されるのである。

 例えば、昨年に世界を震撼させた、ナイジェリアの過激派組織ボコ・ハラムが起こした事件のことを思い出してみてほしい。

 昨年の四月にこの卑劣な武装勢力はキリスト教徒(彼らにとっての異教徒)の通う学校を襲撃して270人以上の女生徒を連れ去り、改宗させた上で人身売買の商品として売り飛ばすとインターネット上で発表した。このあまりにも恥知らずな、人を人とも思わぬ言語道断な宣言が世界中を激怒させ、国際的な強い非難を巻き起こしたことは誰でも鮮明に覚えているだろう。ノーベル平和賞を受賞したマララさんやミシェル・オバマ大統領夫人を筆頭に世界中の著名人が「少女達を救え」と声を挙げた。……が、傷ましいことに一年以上が過ぎても解決には到っておらず、少女達は今に到るまで救出されていない。世界中の誰もが(もちろん日本人もそうだろう)「早く少女達を救ってほしい」「『誰か』、早くなんとかしてくれ」と願っているにもかかわらず…………。

 ところで現実的に考えて、その『誰か』というのは国際社会の救援以外にはない。現地は山間部の貧困地帯でナイジェリア政府の統治が行き渡っておらず(だからこそこのような非道がまかり通ってしまう)、軍や政府の兵力は充分ではない。しかし国際社会は中東のIS掃討にかかりきりでアフリカにまで充分な兵力を割く余裕がない。見かねてアフリカ連合の多国籍部隊が投入されたらしいが、戦局は有利とはいえない状況であるという。

 そこで少し想像してみてほしいのだが、今もし国際社会が少女達の救出のために各国の軍隊から部隊を募り、ISに対するのと同じく有志国連合を結成してボコ・ハラム掃討作戦に乗り出し、見事に少女達を救出したとしたら人々はどう思うだろう?

 もちろん世界中の人々はその偉業に喝采し、その救出に尽力した各国の部隊を賞賛するだろう。非難の声などどこからも挙がろうはずもない。

 それは平和主義者の日本人だって同じだろう。救出されるのはある日突然誘拐され暴力で脅され強引に改宗させられた挙句、一年以上も理不尽に人権を蹂躙され続けるという陰惨な目にあった少女達である。そんな少女達を救ってくれた外国の軍隊の人たちを賞賛し「正義の軍隊」と呼ぶだろう。許すべからざる悪人が罰され、正義が執行されたと感じるだろう。たとえ『その手段が武装勢力の掃討という血生臭いものだったとしても』、それに異を唱える者はいないか、いたとしてごく一部の人であろう。

 そこで、心情的な戦争反対派の人たちに考えてみてほしい。それは、このように「武力でもって言語道断の苦しみを受けた少女達を救出すること」が、貴方の倫理観に照らして是認されるものであるかどうか?ということだ。

 もしも「その場合は仕方がない」と思えるとしたら、貴方は「正当な理由のある殺人」については犯罪を取り締まるための必要悪と見做し、限定的に認める立場だということを意味する(譬えが極端と思われるかもしれないが、その批判は当らない。その規模は通常とは大きいとはいえ、現地では武装勢力による少年少女の誘拐・人身売買は日常的に行われている)。

 もしも「そうした場合でも、できる限り平和的解決を心がけるべきだ」という人には、この問題が既に一年以上も棚晒しされてきたという現実についてもう一度よく考えてみてほしい(確認しておくが、この事件は現実には未だ解決していないのである)。国際社会は何もしてこなかったわけではない。最初からこの問題に注目し、世界的に著名な人達が口々に強い非難の声明を発表した。アメリカによる人質捜索も行われ、ナイジェリア政府も幾度か交渉を持ちかけた。にもかかわらず事件が解決しなかったのは、ボコ・ハラムに交渉の意志がないからだ。

 平和的解決の試みは功を奏さないまま既に一年以上もの時間が経過してしまった。そしてこの一年という時間が、連れ去られた少女達にとって生き地獄の境遇であろうことは重ねて言うまでもない。

 これらの悲惨極まりない現実を踏まえ、それでもなお平和的解決を望むという人はあのインド独立運動の活動家ガンジーのような徹底した平和主義者・非暴力主義者であるといえる。そうでないというなら「正当な暴力」を肯定する立場ということになる。

 (先に私が言った「自分の感情の正体を見極めてほしい」というのは、つまりそういうことだ。「殺人=悪だからどんな場合でも殺人は許されない」と短絡的に考えるのではなく、様々なケースを想定することでその信念の細部を解剖し、自分の立ち位置をはっきりさせてほしいのだ。賛成か反対かという議論は、あくまでそれからの話だ)

 ところで、見極めはこれで終わりではない。非暴力主義者の人たちはともかくとして、(恐らくは大多数の)そうではない人たちにはもう少しこの思考ゲームにお付き合い頂きたい。

 先に、「外国の部隊が少女達を救うためにボコ・ハラムを壊滅させる」ことを日本人の大多数は歓迎するだろうと私は言った。しかし私はこうも思うのだが、「ボコ・ハラムを掃討して少女達を救ったのが仮に日本の自衛隊だったなら」日本人の中には素直に喜べない、どころか拒否感を示す者も相当数現れるのではないだろうか?

 もちろん、外国の部隊の場合と変わらず自衛隊の場合でも手放しで賞賛できる日本人もかなりの数に上るだろうし、そういう人については何の問題もない。その人は行為とそれを為した人物を切り離し、純粋にその行為の意味について判断し評価を下すことができる人だ。

 よって問題があるのは、「外国の軍隊のしたことなら許せるが、自衛隊の場合は許せない」という価値観をもつ人達である。同じ意味を持つ行為について、ある人の場合は許せるのに別の人については許すことができないというのは理屈の通らないダブルスタンダードであり、差別感情以外の何物でもないだろう。

 この差別感情というのが如何なるものか分析すると「他人の軍隊が人を救うために武装勢力を殺すのは賞賛するが、自国の部隊がそれをするのは許せない」というのは他国に甘く身内に厳しい他人びいきと見做すこともできる。だが実態はその逆だろう。「殺人(軍隊による武力行使)」を生理的に嫌悪する人は、どんな理由を付けてもそれが汚れた行為、即ち「汚れ仕事」であると見做す。であればそれは他人が汚れ仕事をするなら見て見ぬフリもできるが、自分の身内が「汚れ仕事」をするのは我慢が出来ないという心理だと判断できる。これは身内びいきに他ならない

 とはいえ実を言えば、これでもましな方なのである。というのは、こうした心理を有する人は自衛隊を「自分の身内」と捉え、自衛隊の人を気遣っているともいえるからだ(そうした人達にとって外国の部隊は配慮の対象にはならないということになるが)。

 だが、もっと悪辣なのは自衛隊が人を殺すことで(その自衛隊を有する日本の国民として)自分までもがそれに手を貸している気分に陥り、その結果として「自分の手までも汚れてしまうこと」が堪えられない、という心理が働く人である。

 「自衛隊が人を殺したりするのは堪えられない」という人の中にはこうした心理構造を有する人がかなりの割合で存在するように感じられる。その人は自衛隊の人の心身を気遣うわけでもなく、そして悲惨な境遇にある人々については見て見ぬフリをして、とにかく只ひたすらに「自分の手を汚したくない」とばかり考えている。もちろん、そんな本音などは決して口には出さないが(というより彼ら自身、自分の中にそんな身勝手な心理が潜んでいることに気付いていない。「戦争=悪」だから「戦争反対」というあまりにわかりやすい理屈に縋りつくのは、そこで思考停止することで自分の利己的な本性から目を逸らすためなのだ)。

 こうした人達は口では各国の軍隊の功績を賞賛して美談にしておきながら、内心ではその手が「汚れている」と感じる(もしくは血が流されたことなどまったく意識しようとしない)。それはある種の職業について口先ではその社会的意義を認めながら、「そうは言っても自分の子供には絶対やらせたくない」という類の親と同じ心理だ。そんな態度は、各地の平和維持のために命を懸ける各国の軍隊に失礼極まりないだろう。

 真に公平な立場に立つのなら、「正当な暴力」を認めないという人であれば外国の部隊がそれを為した場合でも非難すべきだし、それを認めるというなら自衛隊がそれを為した場合でもその業績を讃えるべきだ。そして私達の国の部隊が危険を冒して紛争地の平和に貢献したことを、国民として誇りに思うべきなのだ。


 この項の最後に、先に触れておいた「お願い」について述べる。といって、「非暴力主義者」と「自衛隊による正当な武力行使を認める人」については特に言うべきことはない。前者の人達は揺るぎない信念を持っているし、後者の人達はきっと紛争地への自衛隊派遣について(少なくとも心情的には)反対しないだろう。私がお願いしたいのは、正当な武力行使について「外国の軍隊なら許せるが自衛隊の場合は許せない」という感情を持つ人々である。

 私はこのような身勝手な価値観を持つ人が率直に言って嫌いだし、その立場を認めることはできない。が、そういう価値観を持つこと自体は理解できる。それはその人の人格の根幹に位置する感情に根ざしているからだ。こうした人達に向かって「自衛隊が人を殺すことになっても、別に貴方が気に病むことではない」とか「苦しんでいる被害者を助けるために、加害者である武装勢力の命を奪うのは仕方のないことだ」などと言ったところで、それこそ無駄だろう。

 まず現実問題として、自衛隊が武装勢力の掃討作戦に参加することは現状ではありえないということは認識してもらう必要がある。先ほどは思考ゲームとして極端な例を挙げてしまったが、自民党が目指す自衛隊の役割拡大にしたところで後方支援までなので、武装勢力に対して自衛隊の側から攻撃を仕掛けることは現段階ではありえない。あるとすれば武装勢力の方から襲撃してくる場合で、その場合でも自衛隊に許されるのは「自衛の為の最小限度の武力行使」に限定されている。それでなんとか納得してもらえないものか。

 それでも自衛隊が平和維持活動の最中に(やむをえず)武装勢力を殺害することになったとして、そのことにどうしても罪悪感を覚えるという人はいるだろう。それはもうどうしようもない。

 しかしどうかその「痛み」を、ぐっと堪えてはもらえないだろうか?と私は訴えたいのである。貴方がその心の痛みを我慢することで、自衛隊の人達が多くの人々の命を助けることができる。少なくとも、それに貢献することができる。貴方が精神的苦痛を堪えることで、救われる命がある。そんな風に考えることはできないだろうか?

 何だかんだ言っても、結局のところ危険な紛争地に赴くのは自衛隊の人達であって、私を含めた多くの日本人はそうではない。紛争地で苦しむ市民や難民の人達のために命を賭して働いてくれるのは、そして場合によっては誰かの生命を奪うことになり、強い精神的苦痛を抱える可能性があるのは自衛隊の人達に他ならないのだ。その罪悪感、心の痛みは、私達の感じるであろう罪悪感などとは比べ物にならない筈なのだ。

 だから貴方がもしその「殺人」に倫理的に動揺し、罪悪感を抱くとしても、どうかその痛みに耐えてくれないだろうか。人々を救うために仕方のない犠牲なのだと、無理にでも自分の良心に言い聞かせてほしい。

 紛争地の人達のために私たちのできることなど殆どないが、その痛みに堪え、自衛隊の人達を支えることは私たちにできるせめてもの貢献ということができる。それこそが政治家でも自衛官でもない一般国民である私達の担うことのできる負担であり、自衛隊を派遣するために日本人が皆で分かち持たなくてはならない「痛み」なのである。


 「日本の安全保障」の観点から


 しかし、中にはこういう批判もでてくることだろう。「お前は戦争反対派を感情論といって批判するが、お前こそ感情論じゃないか。国際貢献とか人道的問題がどうとか所詮は自己満足に過ぎない。しかし自衛隊の役割を拡大すれば、現実的に日本がテロの標的になる危険は高くなるんだぞ」と。

 全くその通りで、反論のしようもない。国際社会への責任にしても紛争地の人々に対する道義的な責任にしても、どちらも倫理的な感情の問題に過ぎないからだ。

 それに対して、日本が自衛隊を派遣することでテロリストに恨まれ、国際テロの標的になるリスクが高まるというのは現実的な問題だ。どれだけ対策を講じたところでテロの可能性を完全に排除することは決してできないだろう。日本の警察を信用していないわけではないが、水も洩らさぬ完璧な安全対策などというものは現実には存在しない。

 このようなリスク回避を最優先課題と見做し、また倫理的な観点を度外視するとしたならば、確かに平和維持活動への消極的参加というこれまでの日本の方針は優れており、今さらそれを変える必要などあるまいという意見がでてくるのも当然と言える。「日本はこれまでイスラム過激派から敵対視されてこなかったのだから、これからも余計なことに手を出さないで、目をつけられないようにしましょうよ」というわけだ。見方によっては過激派やテロリストに媚を売っているとも言えるわけだが、しかしテロ対策としては間違っているとはいえない。

 しかしそれはテロリスト相手には、という話で、他の二者(紛争地の被害者と多国籍部隊)に対してはそうではない。まあ紛争地の人々にはそれなりに感謝されるだろう(彼らからすれば危険を冒して自分達を守ってくれる各国の部隊の方がありがたい筈だが、かといって日本に敵意を持つ理由もない)が、各国の軍隊にとってはそうではないだろう。彼らにしても、彼らを派遣する各国政府にしても、そんな日本の自己保身のための戦略など最初から見透かしているに決まっている。

 実際、自衛隊という充分な戦力を有しながら「平和主義」を口実に派兵を拒み続け、有事にはちゃっかりアメリカに助けてもらおうなどと考えている日本に対する目は厳しい。国際平和の危機において「金だけ出す国」などと揶揄されたのはそれほど昔の話ではない。その頃よりはかなり改善されてきたとはいえ、ある意味では日本は未だに国際社会に肩を並べてはいないといえる。

 そしてこのことは、安全保障の観点からもリスクがある。ネットで先日見かけて驚いたのだが、オーストラリア人を対象とするアンケートで「尖閣諸島の領有を争って日本と中国が紛争状態になった場合、オーストラリアはどちらに味方すべきか」という質問に実に七割以上のオーストラリア国民が「中立を守るべき」と答えたと言うのである。これに加えて「(オーストラリアの同盟国である)アメリカが日本に味方して参戦した場合はどうするか」という質問もされたのだが、それでも数字は殆ど動かなかったという。

 これを知って私は少なからずショックだった。オーストラリアと日本は先の対戦における経緯や捕鯨問題での軋轢という感情的な遺恨を抱えているし、近年の中国とオーストラリアの強い経済的な交流があるとは知っていたものの、白人社会であるオーストラリア人は心情的には日本に近いものと思っていたからである。

 しかし考えてみればこれは当たり前の話で、仮にオーストラリア人が日本に親しい感情を抱いてくれていた所で、戦争に巻き込まれることを是とするのはまったく別次元の問題だ。強固な同盟関係にあるならまだしも「なんとなく好印象を持っている」程度の感情で戦争に参加してくれるわけがない。

 余所の戦争の片方に肩入れすれば他方からは睨まれ、下手をすれば敵対国と認識され攻撃の対象になる。国民感情と政治判断とはまた別だろうが、しかし国家の命運を左右しかねない重大な問題ほど国民の支持が必要になるのは、どこの民主主義国家でも同じである(日本の場合を考えれば容易に類推できるだろう)。

 有事においてオーストラリアからの援軍は期待できないばかりか、「中立を守る」ということは下手をすれば中国に対する経済制裁や禁輸措置にすら加わってくれない恐れだってある(この辺りの動き方は専門家ではない私にはよくわからないが)。戦争状態に陥った日本に軍事的な支援をしてくれると現段階で確実に期待できるのは、強固な同盟関係にあるアメリカだけなのである。

 これは何もオーストラリアに限った話ではない。日本やアメリカが参加を見送ったAIIBにヨーロッパ諸国が参加したことに象徴されるが、今やGDPで日本を追い抜いた中国はEUと経済的な結びつきを強めている。現時点ではAIIB自体がどうなるかは未知数ではあるものの、仮に成功したとすれば中国とEU諸国、そしてアジア各国との関係はさらに深まる。その時に彼らが日本と中国を天秤にかけて、どちらに味方してくれるものかはわかったものではない。

 もちろん尖閣諸島を巡る問題については日本の側に理があるのは明らかだし、アメリカが同盟相手の日本に背を向けることもありえないだろうが、しかしヨーロッパ諸国が経済的に重要なパートナーとなった中国に対して経済制裁や禁輸措置といった実効的な手段を採ってくれるかどうかは何ともいえないだろう。もし非難声明を出してお茶を濁す程度だったら日本はどうなるだろうか?軍隊を派遣してもらえないどころか、経済制裁すらしてもらえなければ早期停戦の可能性は低くなってしまう。

 ……などと、軍事や外交の専門家でもないくせにやたらと悲観的なことばかり述べた。この悲観的な予想が専門家の目から見てまったく的外れなレベルなのか、それとも少しはありえないことでもないのか私にはわからないが、要はリスクは少しでも低くしておくべきと言いたかったのだ。例のアンケートが少しばかりショックだったので中国ばかりを仮想してしまったが、例えば半年前の日本人人質事件の時のように、邦人救出のために国際社会の協力が必要となることがこの先もないとは言えない。

 日本が今よりさらに国際協力に尽力し、他国との友好関係をより緊密なものにできれば(それは経済協力だけでは十分ではない)国際世論を味方につけることもできようし、それは有事の時ばかりでなく平時においても抑止力として機能するはずなのである。

 集団的自衛権の構想がまだどうなるかはわからないものの、国民がそれを拒絶すると言うのなら尚更、日本はこれまで以上に国際社会の信頼を得ることが必要となるのだ。



 「自衛官達の負うリスク」について


 自衛隊の任務が拡大すれば更なるリスクを負うことになる、個々の隊員の方の心身を心配する声も上がっている。おそらくそうした良心的な人達は「自分が紛争地に行くわけでもないのに偉そうなことを言うんじゃない。たとえ人道的に必要だとしても戦闘に巻き込まれれば命を落とすかもしれないし、そうでなくても精神に深刻な障害を負うかもしれない。自分が行くわけでもないくせに他人を死地に追いやろうとするお前は卑怯者だ」と私を罵るかもしれない。

 これもまったく返す言葉がない。既に三十を越してろくな技能もない私ではもう自衛官どころか予備自衛官補の試験すら受からないだろうし、仮に受かったとしても予備自衛官が海外に派遣されることはない。自身は安全な場所にいながら、他の誰かを危険な地に向かわせる(それを推奨する)私は卑怯なのだろう。それを否定するつもりはない。

 ただ、私としてはこうも思わずにはいられない。自衛隊の人達について私達があれこれと心配するのは彼らにとって余計なお世話で、筋違いなのではないかと。

 彼らは自衛官という危険な職業に就くべく専門の教育を受け、必要な技能や知識を身につけ、その能力を衰えさせぬために常日頃から厳しい訓練を己に課している人達である。当然ながら門外漢である私達よりよほど戦場の現実を知っており、何があっても対応できるように準備している筈である。それは技能だけに限った話ではなく、覚悟についてもそうであろう。戦場で起こりうるあらゆる事態を想定し、負傷し命を落とす危険があることまで十二分に理解し、承知した上で彼らはそこに留まっている。私などには想像もつかないが、彼らにはその覚悟がある。

 であれば、私達が彼らを心配してあれこれ言うのは、却って彼らの誇りを踏みにじる失礼に当るのではないだろうか?もちろん彼ら自身が「たとえ命令でも海外になんて派遣されたくない」といって声を挙げるのであれば話は別だが、そうではないのに部外者の私達が勝手に彼らの心情を忖度するのは余計なことだ。

 とはいえ、「邦人や日本の国土を守るためになら命も賭けられるが、見知ら外国の人達のためにはそこまでできない」と違和感を抱く自衛官の人達も当然いるだろう。一昔前までは自衛隊の海外派遣などはありえなかったわけで、そのような時期に入隊した人達にしてみれば「話が違う」と感じられても無理のない話だ。

 海外に派遣するのは、だから自衛官の中でも「海外の紛争地に赴任してもいい」という意志を表明し、海外派遣任務に自発的に参加を希望する自衛官に限定されるべきだ。既にそのような制度や手続きは存在するのだろうが、海外赴任を望まない隊員が意に染まぬ不利益を被らないような透明性の高い、場合によっては外部の監視が必要だろう。もちろん、危険な任務に見合う待遇を用意しなければならないことは言うまでもない。

 「そんなことを言ったら人は集まらないんじゃないか」と懸念する人もいるかもしれないが、私はそうは思わない。紛争地で苦しむ人々のために働きたいと感じながら歯痒く思っている自衛官が一定数いるものと信じている。

 仮にそのような事態(希望者が集まらない事態)に陥ったとして、その時は「日本にはそもそも派遣など不可能だったのだ」と諦めもつく。いずれにしたところで、現段階で心配する話ではないだろう。

 とにかく、日本の国としての体面や自衛隊のメンツなどというくだらないことのために、それを望まぬ自衛官が海外派遣されるようなことだけはあってはならない。その点については私も全面的に同意する。

 


「最後に」


 重大な問題なので仕方ないことかもしれないが、やたらと長くなってしまった。論点はまだ限りなくあるだろうし、私の言い分への反論もまだまだこんなものではないだろうが、ここらあたりが私の限界である。

 

 そもそも私が趣味に反してこんな文章を長々と書く気になったのは、テレビなどで見かける「戦争反対派」への違和感だった。理屈云々以前に、彼らの態度やその在り方に疑問を抱いたのだ。

 彼らは与党が掲げる安保関連法案に「戦争法案」などというレッテルを貼り、「日本が戦争できる国になるための法律」だと罵り、ひたすら「戦争反対」と訴えて連帯を呼びかける。しかし、彼らの言う「戦争」とはそもそも何を意味するのだ?その点があまり明瞭ではない。

 「戦争」と一口に言っても色々なケースがある。侵略戦争もあれば自衛戦争もあり、国際平和維持部隊への派遣も彼らに言わせれば戦争ということになるだろう。また「自衛戦争」と言っても個別的自衛権に基づくものと集団的自衛権に基づくものがあり、集団的自衛権についてはいま国会で散々審議されているように、同盟国の本土が武力攻撃されたとか日本の護衛をしてくれているアメリカの戦艦が攻撃を受けた場合であるとか、それこそ数限りないケースがありうる。「紛争地への派遣」についても掃討作戦への参加もあれば復興支援もあり、武器弾薬の補給といった後方支援であったら戦闘地域も活動範囲に含まれるのか非戦闘地域に限るのかでまた違うし、IS対策でアメリカがやっているように現地の正規部隊への訓練ということだってあるかもしれない。

 これらのうち何が認められ、何が認められないのか?現行憲法ではどこまで認められているのか、その解釈の変更は許されるのかなどなど、議論を尽くされる必要がある。色々と批判も上がるものの、それでも政治家達はちゃんと国会で議論している。

 しかるに「戦争反対!」と一言で片付けてしまう人の多くは、そうした細かな点をまったく区別して考えていないように思える。これだけ様々な論点があれば、人によってどこまでが許容し得てどこからは否定すべきか自ずと意見が別れて然るべきなのに、彼らは『戦争反対』という標語の元に一致団結してしまっているのだ。彼らはとにかく「戦争」という言葉に拒否反応を示すばかりで、議論しようという気がそもそもない。

 もちろん、各種の団体の中枢部には活動の理論的な部分の面倒を見る学者やら専門家やらが存在するのだろう。パンフレットか広報誌のような形で配布したり宣伝したりもしているだろう。しかしそれを世間に訴える段階においてはとにかく「戦争反対」「平和憲法を守れ」「戦争法案を廃案にしろ」などというわかりやす過ぎるスローガンに終始する。

 そのようなわかりやすいスローガンはもっとも単純な、しかし誰にも否定し得ない「戦争=悪」という理屈を利用し、「戦争を可能にする法案は悪であり、そんな法案を押し通そうとする安倍内閣は悪の権化である」というイメージ戦略を可能にする。そしてこのような形で政権を批判することで「安倍政権=悪」「それに反対する私達=正義」という図式を明確にし、あらゆる対話を不可能にしてしまう。なぜなら「正義」の側である彼らにとって、悪に妥協するのは許されないことからだ。

 彼らは最初から与党案について議論する気はなく、なぜ集団的自衛権や積極的平和主義が必要なのか考えようともしない。対話のテーブルに着かず、対案を示すわけでもない。国会前に集まってマスコミの前に姿を曝し、さも自分達が正しい立場にあると言いたげに安倍政権を批判し、視聴者に訴えてみせる。そのやり方が見苦しい。

 集団的自衛権はさておくとして、積極的平和主義が必要とされる理由については散々述べてきたが、要するに紛争地で苦しむ人達を助けるためにそれが必要なのである(その役割を担うことを日本は国際社会から期待されている)。

 私が「戦争反対」と訴える人達の意見で腹が立つ言い分の一つに、「戦争が起きてほしくない」というものがある。「戦争の悲惨さや残酷さを訴えて」散々に憂えてみせた上で「だから戦争が起きてほしくない」と彼らはいう。その認識からしてそもそも間違っている。現実に、今この瞬間に、世界各地では既に紛争が起きているのだ。彼らはそんな現実については見て見ぬフリをする。世界各地で「こんなにも無残で悲惨な戦争」に現に苦しんでいる人が大勢いて、安倍政権は(そのやり方や真意はどうあれ)そんな紛争地を支援しようと呼びかけているのに、彼らはその足を引っ張ろうとする。そして恥じることもない。

 であれば、彼らの言葉の意味するところは「(日本では)戦争が起きないでほしい(巻き込まないでほしい)」ということに過ぎないのだ。自分の周りだけ平和ならそれでよく、だから他国の人のことなど知ったことではないのだろう。もし外国のことなど考えていなかったというのなら、それは無関心という名の罪悪だ。

 一応言っておくが、私はそれを全面否定するつもりは毛頭ない。誰だって自分の身の安全がもっとも優先されるに決まっている。他人を助けるのは善いことだろうが、その為にはまず自分の身の安全が保証されなければならない。誰だってそう思う。

 私が腹が立つのは、彼らがそうした本音を隠し、苦境にある余所の国のことを切り捨てておきながら厚顔無恥にも被害者ぶることだ。周囲の反対を意に介さず「戦争法案」を強行採決しようとする権力者を敵に回して自分達は被害者であるように、或いは横暴な権力者に抵抗する殉教者か正義の使徒かなにかのように振舞っていることなのだ。


 或いは、彼らはこう言うだろうか?「私達は苦しんでいる世界の人達を無視しているわけでも、見捨てようとしているのでもない。ただその手段として、自衛隊の後方支援を含めたあらゆる武力行使を認めていないというだけのことなのだ」と。つまり彼らは紛争の解決にも平和的解決しか認めない徹底的な平和主義者で、あのガンジーのような非暴力主義者ということになる。それならば理解のしようもある。

 しかしあらゆる暴力(悪)を排したからといってそれは無謬の理念などではなく、誰からも批判される余地はない絶対的な正義なのだ、ということにはならない。平和的解決はたしかに誰も傷つけることはないが、しかし根本的な欠陥としてあまりに現実性に欠け、実効力をほぼ伴わないからだ。

 あのボコ・ハラムの事件が一年以上過ぎても解決の見通しが立たないのは、ナイジェリア政府も国際社会も実効力を持たなかった、或いは用意することができなかったからに他ならない。交渉は全て無駄に終わった。ボコ・ハラムの悪名を世界中に知らしめたあの事件で誘拐されたのは270人余りだが、この一年の間にボコ・ハラムにより誘拐された人々は二千人以上もの数に上っているという。誘拐された女性や少女は慢性的な暴力に曝され、性奴隷という生き地獄の境遇で今、この瞬間も苦しんでいる。その一年という時間が短いなどと誰にも言うことはできまい。

 平和的手法は、たとえそれが可能であったところで解決にひどく時間を要する。「まだ一年しか過ぎていないじゃないか」という人がまさかいるとは思えないが、性奴隷となった少女達にとっての一年が短いなどと誰にも言えるはずがない。その一方で、もしISが現れず、有志国連合の兵力をボコ・ハラム掃討に向けることができていれば、このあまりに傷ましい事件は既に解決していた可能性だってあったはずだ。

 平和的解決の試みは、それが遅延することでそれだけ弱い立場にある人達の苦しみを長引かせるという欠点がある。或いはもっと単純に、命を奪われる犠牲者の数を際限なく増やし続けるということすら意味する。それは早期解決に到っていれば失われることのなかった筈の人命である。 

 非暴力主義者には、その人命に対して責任を感じる義務がある

 ガンジーの非暴力主義が私たちの心を揺さぶるのは、彼らが帝国主義の暴力的な圧制に晒されながらもあくまで非暴力による抵抗を貫いたからである。ガンジー自身も云われなき暴力に晒され、理不尽に投獄され、生命の危機を感じる時もあった筈だ。彼自身だけでなく、仲間が殴られたり殺されることもあっただろう。

 そんな時、暴力に訴えれば救える命があったかもしれない。自分は本当に正しいのか、仲間を見殺しにしてしまったのかもしれないのではないか?そう考えなかった筈がない(そうでなければ単なる冷血漢だ)。時には実際にそう罵られることもあったに違いない。

 それでも懸命に衝動を堪え、仲間の死に対する自責の念に苦しめられながらも、悲壮なまでの覚悟であくまで非暴力を貫くところに非暴力主義の凄みがある。そんな崇高な態度が、見る人の心を打つ。人々を動かす。

 ひるがえって、日本で安保関連法案に反対するデモに参加する人々に、はたしてそれだけの覚悟があるだろうか?自衛隊が紛争地に派遣され各国の軍隊を支援することで、そうしなければ失われる運命にある人命が、少しでも多く救われるかもしれない。その救えるはずの人命について責任を感じたり、自責の念に苦しむ覚悟はあるだろうか?どうして邪魔したのだと非難される覚悟はあるのだろうか?そもそも、そんなことを考えたことがあるのだろうか?しかし本当にそんな意識を持ち、悲壮な決意でいるのならデモをするにしても謙虚な意識を持つはずで、さも「自分達が正義である」とでもいうような態度もとらないだろうし、街頭で歌ったりもできないと思うのだが。


 だから私が認める平和主義者は、次のような者に限られる。それは、自分達が非暴力を貫くことで失われてしまう命について、常に意識している人である。自分の立場が犠牲を増やす可能性を自覚し、自分達が決して絶対的な正義ではないと自覚する人である。犠牲者の遺族からの非難を甘んじて受け、それでも争いは次の争いを生むだけであると、歯を喰い縛ってでも非暴力の理念を貫く人である。

 その覚悟を持つ平和主義者であるなら、私はその立場を認めないし理念を共有することもできないとしても、その在り方を尊敬することができる。


 或いは、私の認めることのできるのは次のような人々である。今までに述べたこうしたことの全てを理解し、紛争地の人々の苦しみに心を向けながら、それでもなお戦争に対する恐怖を抑えることができないと、どうしても戦争に巻き込まれるのは嫌だと言える人である。かつて実際に戦争を体験した高齢者の方で、自衛隊派遣に反対するという人達の大半は、恐らくこうした人達なのだろう。太平洋戦争を身をもって体験し、その後の冷戦という長く緊張に満ちた世界情勢をずっとその目で見てきた人達は、日本の外では今でも争いに苦しめられている人達がいることなど、言われずともわかっている筈だ。

 それでもなお、かつての戦時下の苦しみや悲しい記憶が脳裏から拭えない。自分の身はともかくとして、自分の味わった苦しみを子供や孫達には絶対に味あわせたくはないと、手を合わせながら願うのだろう。

 そのような人たちは、自分が正しいなどとは考えない。人から尋ねられれば控えめに意見は述べるものの、羞恥の念があるから決して声高に訴えたりはしない。言いたいこと、言うべき思いの多くを呑み込み、最も大事な願いだけを小さく口にするだけだ。

 そうした方々の声なき声、慎ましくしかし決意を秘めた声を、私達は真摯に心に留めなければならないと思う。

 

 最後に、私自身の立場に対して批判を加えなければならない。私はこれまで「戦争反対派」を批判し、積極的平和主義の理念に基づき自衛隊が紛争地に派遣されることが国際社会の一員としての日本の義務であり、人道的見地からも正しいと言ってきた。しかしこの立場にしても問題がある。

 まず、憲法違反となる可能性があること。私は集団的自衛権はともかく積極的平和主義についてはほぼ賛成なのだが、かといってそれが憲法9条の規定に照らして問題がないとは言い切れない。積極的平和主義に賛成とはいえ、本当は憲法違反であるものを無理やり成立させることは立憲主義に反する。憲法改正の手続きはやはり必要不可欠だ(そもそも無理に法案を通したとして、最高裁で違憲判決を出されるだけだろう)。

 なにより本質的な問題として、武力的な解決策にはどうしても予期せぬ犠牲が生じてしまう可能性が捨てきれないということがある。

 私は苦しむ人々を救うための最小限度の武力行使を必要悪として是認するが、そこに含まれるのはあくまで加害者であるテロリストや武装勢力でなくてはならない。

 しかしあのイラク戦争における米軍の空爆で誤爆が度々生じたように、戦場には避けがたく誤ちが生じてしまう。国内の刑事事件であるならばこのような可能性はごく低いといえようが、どれだけ兵器の技術開発や運用精度が向上しようと、混沌とした戦場で敵と一般人を見分ける絶対的な基準はなどはない。自衛隊が支援する外国部隊の誰かが誤射してしまい、結果として民間人の生命を奪ってしまうという可能性は、決して低いとはいえないだろう。

 戦争反対派の人がいう「自衛隊が他国の人を殺してしまうかもしれない」という批判は、だから決して現実味のない話ではない。そして非道なテロリストの殺害には堪えることができても、例え過失でも無辜の人々の血を流させることはどうしても無理だという人は多いだろう。

 この問題に根本的な解決策はない。どれほど慎重にことを運び、その数を減らしたとしても、人命が掛かっている以上「数字が減ればいい」と割り切ってよい問題ではないのだ。しかしだからといって、「手を汚す」ことを恐れて逃げ出してしまえばテロリストや過激派による横暴が続き、みすみす犠牲者が増えるのを見過ごすだけである。

 思い浮かぶ対策としては、自衛隊が支援する条件として「誤射・誤爆をなくすこと」を徹底してもらい、それが守られなければ支援を打ち切るというものがある。しかしそんな条件を呑んでもらうことがまず困難だろうし、何より技術的な問題として、その数を減らすことはできても「ゼロ」にすることは現実的に難しいだろう。

 結局のところ割り切って、救う人のできる人々の数と犠牲になる人々の数を天秤に掛けて判断するしかないのかもしれない。救う数が多ければ許されるという話ではない。それは確かだが、しかし紛争地ではそれが紛れもない現実であり、求められる「成果」なのだ。



 こんな文章を読んでくれている人がいるとも思えないが、もし仮にそんな人がいたとして、こんな長々とした話に付き合わされた挙句に最後の最後でこんな結論を聞かされ、怒り出す人もいるかもしれない。お前は結局、何が言いたいのだと。安保関連法案に反対する人々をあれほど批判しておいて、自身の立場もまた批判を免れないものであるならば、一体どんな立場を選ぶべきなのかと。自分達はどうすればいいのだ、と。

 ここまでこんな長々とした駄文に付き合ってもらっておいて突き放すような言い方をするのは申し訳ないのだが、残念ながら私はその質問に対する答えを持ちあわせていない。ただ私が言いたかったのは、どんな選択肢にもそれぞれメリットとデメリットがあるということだ。

 物語とは違い、現実には万能の解決策などはない。既に紛争が起きていて、現に苦しんでいる人たちが大勢いる以上、何の犠牲も出さずにそれをゼロにすることなどできない。

 どんな立場を選んだところでどこかに苦しむ人が出て、犠牲になる立場の人、罪を背負う人、リスクを負う人がそれぞれ現れる。立場の違いは、そうした全ての負担について、誰にどのように分配するかという点で異なるのに過ぎないのだ。現に苦しんでいる人を救うために、誰が汚れ仕事を引き受けるのか。誰が犠牲になるのか。自分が引き受けるのか、他人に押し付けるのか。それとも人々の苦しみに目を背けて逃げ出すのか……。

 だからいずれの立場を選ぶにしろ、誰かに負担を掛けることは避けられない以上、誰からも非難されない絶対的に正しい立場などというものはどこにもない。誰も傷つけず一瞬にして紛争を解決できる魔法や奇跡が存在しない限り、無謬の理念も絶対的な正義もこの世界にはありはしない。

 であれば、自分達だけが正しく他の立場は間違っているという思い込みは傲慢であり、厳に慎まなければならない。

 だから必要なのは、よく考えることだ。政権与党のプロパガンダに踊らされることなく、どこかの誰かが作り出した耳に心地よい宣伝文句に流され思考停止に陥ることなく、自分の頭で考え、自分自身の心に問いかけることだ。自分が何を許すことができて、何を許すことができないか。誰を守るために、どれだけのリスクを負い、そして責任を負うことができるのかを。

 それは一人一人の価値観によって異なり、万人にとって等しく当てはまる答えなどどこにもない。だからこそ私たち国民の一人一人が考え、そして自分なりの答えを出さなければならない。

 そして、そのようにして出した答えであるならば一人一人がその決断に責任を負うことができるだろう。自衛隊を派遣したことでテロリストの恨みを買い、国内でテロという不幸が生じても誰か特定の者に責任を被せることもないだろう。自衛隊が人を殺めるような悲しいことがあれば国民の一人一人がその罪と向き合い、誰かを非難することなく、自分達で悲しみを引き受けるだろう。

 そのような社会こそが成熟した社会であり、民主主義国家における正しい国民の在り方であると私は信じる。問題が生じる度に無闇に騒ぎ立て、政治家にその責任を押し付けるのは民主主義国家の国民としてふさわしくない。それでは衆愚政といわれても仕方がない。これからの日本が、そのような愚かしい国であってほしくないと思う。

 国民の一人一人が意志を示し、その決断に責任を負う覚悟を有するのが真の民主主義であると私は信じる。だからそれを実現するために、国民の意志を反映させる場を設けるためにも、国民投票をはどうしても必要なのである。その意味でも、憲法改正が望ましい。


 このようにして導き出された結果であるなら、たとえ私自身の望む結果とならなかったとしても、私は受け入れることができるだろう。

 憲法改正を目指すためにも、とにかく自民党政権が拙速な安保関連法案の採決を諦めるべきだという点では、私も「戦争反対派」と意見は同じである。

作家と死について② 自殺のこと

 

 一・芥川と太宰について 

 

 作家の死について書いたので、ついでだから今度は自殺した作家についても書いてみたい。ので書いてみる。 

 作家の自殺というのはわりと多いという印象がある。他の職種との自殺率を比較できないから単なる偏見でしかないかもしれないが、とにかくそんなイメージがある。 

 でもって、自殺した作家ということで名前が真っ先に挙がるのは恐らく太宰治だろう。芥川龍之介の名前ももちろん出るだろう。いっそ双璧とすら言いたい。そして、この二作家が自殺を題材に書いたものといえば、太宰にはなんと言っても『人間失格』があるし、芥川にも『或る旧友へ送る手記』や『或阿呆の一生』、少し違うかもしれないが『歯車』がある。 

 まあ『手記』は自殺した芥川の枕許にあったもので、原稿というより遺書そのものと言ってもいいかもしれない。なにしろその最初の文は「誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない」というもので、だからこの手記では「その心理をはっきりと伝えたい」とまで書いている。そして実際、この作品(手記)の中には芥川の自殺に到る理由として「ただぼんやりした不安」と言い、またその手段や場所について考え抜いた、その過程がはっきりと書かれている。 

 ところで私は太宰の『人間失格』についても言及したが、実はこちらにはあまり共感できなかったことを告白しておく。この作品には、はまる人は危険なほどにのめり込むと言われるがどうやら私はその対象ではなかったようで、どうにも入り込めなかったのだ。小説作品として傑作だというのは理解できるから、単に感性が合わないのだろう。

 そんな感じで『人間失格』の魔手には全く不感症な私なのだが、どうしてか芥川の作品の方にはどうにも惹きつけられて仕方がない。『歯車』のラストの「誰か僕の寝ているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?」という一文、そのあまりに救いのない絶望に、凄みを感じる。いやそれどころか、「死」とは直接には関係のない作品にまでも、どこか死の匂いを感じ取ってしまう。

 最初にそれを感じたのは、中学の授業でやった『トロッコ』からだった。あらすじを紹介する必要もないだろうから割愛するが、この作品の一番劇的な場面はまだほんの小さな子供である主人公の良平がトロッコの線路だけを頼りに、見知らぬ山道をずっとずっと掛けていく場面だ。ろくに小説を読んでいなかった当時の私にも、その場面は印象的だった。

 が、しかし私にとってもっとも印象的だった一文はそこではなかった。それはまるでおまけのように見えるラスト、大人になった良平の生活に触れる場面。「良平は、二十六の年、妻子といっしょに東京へ出て来た。(中略)が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出すことがある。全然何の理由もないのに?――塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細々と一すじ断続している。……」

 私はこの文章が、特に「塵労」という言葉が不思議と心に残った。辞書を開くと「俗世間のわずらわしい骨折り」と書いてある。それはなんだかすごくわかる気がして、私はなんだか人生の一面というか、その億劫さというか、人間の一生ってものは苦しい上に物凄い徒労なんだということを思い知らされた気がして、しばらく憂鬱になったことを覚えている。また「この作者は、本当に人生に厭気が差しているんだろうな」などと思ったものだった。

 とはいえ芥川のファンになるまでには到らず、次に芥川と再会したのは大学一年の時(というのも私は若い頃は小説以外の本ばかり読んでいたので。ほんと勿体ないことをした気がする)。一般教養で取った日本文学の授業で芥川と志賀直哉を取り上げてたのだ。そこで芥川、というか小説の魅力にはまって、そこからあれこれと読むようになった。そんなわけで私にとって芥川は(その意味でも)特別な思いいれのある作家なのだ。

 

 しかしそんな私が芥川の作品から、少し距離を置いていたことがあった。というのはどこかの誰か(たぶん評論かなにかだったと思うが)が芥川の作品を扱き下ろしているのを読んでしまったからだ。なにぶん記憶が曖昧なのだが、「芥川の作品を好きだなんていうのは素人ばかりだ」とかいうことを言っていたと思う。その理由としては、平安時代を舞台にしたいわゆる王朝物は所詮は虚構でしかなく、リアルな人間が描けていない、というもの。要するに「純文学といえば私小説」とか信じきってる頭の固い連中が「時代物って要はエンタメだじゃないか」といちゃもんを付けていたのだろう。

 もちろん私とてこんな的外れの難癖は真に受けなかった。が、芥川への批判は他にもあったのだ。それは「芥川は理知的で明晰なその頭脳を以って人間のエゴを鋭く分析するが、人間の生々しい心情は描けない」という趣旨のものだった。

 これには私もちょっとたじろいだ。中学の頃に学校で読んだ『鼻』もそうだったが、『芋粥』とか『地獄篇』なんかを見ると、芥川はむしろ人間心理を鋭く分析していると言える(そのために「新理知派」などと呼ばれている)。けど他方、その鋭利な心理分析がちゃんと機能していないというか、どこか空回りしている感のある作品も、残念ながらないとは言えないのだ(『枯野抄』とか。あと『袈裟と盛遠』はちょっとやりすぎの感があるし)。芥川ファンとしては残念なのだが、それは弱点として認めないわけにはいかない(などと私ごときが言うのも僭越だが)。

 そんなこんなで私は一時期、芥川から遠ざかってしまった。芥川の作品を好きと言っていたら、文学ファンとしては底が浅いのかと馬鹿な思い込みを信じてしまったのだ(他人の意見に左右されるとかそれこそ情けない話である)。

 けれどそれからも色々と本を読み、少しは経験を積めたかなと感じてきた時、思ったのだ。「いややっぱり、自分は芥川の作品が好きだ」と。誰が何と言おうと、芥川はやっぱり凄い作家なのだ、と。

 たしかに批判されている通り、芥川の作品は頭でっかちというか、技巧ばかりが目に付いて、その分人間の生々しい苦悩とか感情とかが描けていないように見える。例えば同じく自殺した作家である太宰の『人間失格』を読めば人生における苦難というか、駄目人間のどうしようもない感じがこれ以上ないと言うほど生々しく描かれている。これこそ心情の吐露というもので、芥川を批判する連中はこんな作品を求めているのだと思う。

 芥川にはこうした作品はない。後期の保吉ものなんかの自伝的な作品群を見ても、ここまで悲惨で生々しい感情を直接に描いたものはなく、どこか自分の感情に距離を取っているように見える。それを以て「芥川は気取っている」だの「苦悩が書けない」だの言われてしまうのだろうと思う。

 しかし私はそんな批判に対し、「ちょっと待ってくれ」と言いたい。芥川は本当に人生の苦悩が書けなかったのだろうか?と問いたい。いやもっと言えば、それはあんた達に、芥川の苦悩を感じ取る感性がないからでしょ?と言いたいのだ。だって私は、『人間失格』には全くの不感症であった私は、しかし芥川の『歯車』やら『河童』やら、遺筆に当る作品群はもちろんのこと、初期の『羅生門』から『藪の中』にさえ芥川の厭世観と言おうか、人生に対する苦悩のようなものを感じることができるのだから。

 

 どうも私の印象では、同じく自殺した作家でも太宰の作品にのめりこむ人と、芥川の作品にのめりこむ人とでは、全くタイプが違うような気がする。というか、同じく人生に倦んで自殺を選んだ太宰と芥川だが、というか太宰は自殺した芥川に憧れていたともいうが、しかしそれでいて彼らの感じていた苦悩はそれぞれ、全く別のタイプのものだったんじゃないかと思われるのだ。

 太宰の『人間失格』を読むと主人公はものすごい駄目人間で、しかもこれでもかこれでもかと苦難が訪れる。まあぶっちゃけて言うと殆ど自業自得なのだが、しかし妻の不貞なんかもあったわけだから、やっぱり不幸だと認めることもできる。

 この作品の主人公をそのまま太宰とイコールだと考えてはいけないだろうが、それでも自伝的作品なのだからかなり共通している部分がある筈だ。薬物中毒や妻の不倫や度重なる心中未遂とかからは、芥川賞を欲しがって審査員に手紙を出した挙句、落とされたといって文句を言う人間像が透けて見える。言ってみれば「精神的に弱い」人間なのだろうが(「弱い」のではなく本人の言うように「繊細」ということもできるが、でも繊細でも精神的に強い人間はいると思う)、だからこそ太宰はその作品に、そんな「弱い人間の苦悩」をこれでもかとばかりに生々しく描くことができたのだと思う。

 ……のだが。

 しかしその苦悩というのは私には、結局は「人生がうまくいかないという苦悩」でしかないと思えてしまう。実家とうまくいかないとか薬物中毒とか妻の不貞とか、どうしても欲しかった芥川賞が取れない(自分の仕事が認められない)というのは確かに辛いことなのだろうが、しかし逆を言えば、それら全てがうまくいっていれば自殺しなかったということじゃないだろうか?仮に、どれだけ自堕落な生活をしていても実家から仕送りさえもらえたなら、薬物中毒になっても精神病院に連れてかれなければ、人妻と不倫しても何も問題が生じなければ、そして芥川賞をもらっていれば、太宰は死ななかったんじゃないか?

 言ってみれば、太宰は人生を満喫していた。というか、満喫したかった。だけど周囲の状況はそんな甘えを許さず(だって明らかに彼の望みは自分勝手なものだったし)、それで人生うまくいかないと思い込んで自殺してしまった……私にはそんな風に思えてしまうのだ(もちろん、これは私の勝手な感想に過ぎないのだが)。

 そんな太宰に対して、芥川の感じていた苦悩はこれとは全く性質が異なる。芥川はそもそも、人生を満喫しようなどとは望んでいないのだ。

 芥川は人生を満喫できない。いや、そもそも人生などというものが「価値あるもの」と思えない……これこそが芥川の苦悩の源だったのだと私は(勝手に)思っている。人間はエゴの塊で、自分もそんな下らない人間の一人でしかなくて、人生は無意味でしかなく、懸命に何かを得たとしても、結局は失われて徒労に終わる……それが人間の一生。そんな絶望感、人生に対する深い諦観があったのだと思う。

 日々の何気ない日常に、芥川は安らぎを感じることができない。むしろ日々の生活は砂を噛むように味気なく、世間には醜い悪意ばかりが溢れていて、苦しみばかりが多い。『トロッコ』のラストで、二十六歳になった主人公が「塵労」に疲れていると描写されるのはその表れだろう(もちろん芥川だって人生を否定的にばかり見ていたわけではないだろう。『蜜柑』では珍しく肯定的になっているように見えるし、実生活では不倫もしている。しかしそれでも、芥川が人生を満喫していたとは私には思えない)。

 要するに、こんな印象なのだ。太宰は人生に没入し、満喫したいが、うまくいかない。それが苦悩。対して芥川は厭世的で、そもそも人生に没入しない。どこか客観的に自分を見ていて、自身の人生に距離を取っている。人生を楽しめない、価値を見い出せないということが芥川の苦悩だと。

 こんな言い方もできる。太宰の苦悩が物質的、肉体的なものとすれば、芥川の苦悩は精神的、神経的なものに由来する。だから太宰なら人生がうまくいっていれば死ななかっただろうが、芥川はどれだけ人生がうまくいっても(周囲からはそう見えたとしても)、いつかは自殺していただろう――彼の人生観を覆すような出来事が起きない限り。

 そして、そんな神経的な苦悩は、太宰の描くところの生々しい苦悩とは違って、他者にはわかりにくい。理解できない人には一生理解できないのではないかとさえ思える(それは、私が『人間失格』に不感症であるのと事情は同じに)。だから文学者の中にも芥川の作品を指して「人間を描いていない」とか言ったり、「気取っている」などと言ったりする者がいたのだろう。しかし芥川は別に気取っていたわけでも苦悩を描かなかったわけでもなく、ただそれが「理知的な」苦悩であるために、そうではない人たちから見れば「余裕がある」だとか「気取っている」風に見えるというだけなのだと私は思う。芥川は『或阿呆の一生』の「四十九 剥製の白鳥」において、「彼(芥川)の作品の訴えるものは彼に近い生涯を送った彼に近い人々のほかにわかるはずはない」と言っているが、つまりそういうことなのだ。私からすれば『人間失格』よりも『歯車』や『河童』の方により深い絶望と言うか、狂気すれすれの病的なものを感じる。

 要するに何が言いたいかと言うと、私は芥川の作品が好きだ、という一語に尽きる。ついでに言えば、太宰よりも芥川が好きということだ。そしてそれはどちらがより優れた作家かということではなく、単に私には芥川の作品の方がフィーリングが合う、ということに過ぎないのである。

 

 二・芥川と中島敦について

 

 さてこのように、自殺した作家として外面的には似ている(?)ように見える芥川と太宰な訳だが、内面的には全く似ていないということがわかった(いや私の勝手な憶測だが)。そこで、では芥川に近い精神を有していた作家は誰だろうと考えると、私には中島敦が真っ先に思い浮かぶ。これも言わずと知れた、『山月記』の作者である。

 もっとも中島敦は夭逝の作家ではあるが自殺したわけではなく、病没している。数多の自殺作家達を差し置いて病死した作家を挙げるのはおかしいと思われるかもしれないが、だって他に適任者がいないのだからしょうがないじゃないかと言いたい。

 まあ理由を挙げれば、芥川の苦悩は、先にも書いたように肉体的というよりは精神的・理知的なものであるから、彼に近いのはやはり理知的な作家でなくてはならない。その点、天才になれなかったために虎になった秀才を描いた『山月記』や、中国の古典である西遊記を翻案して形而学小説に仕立て(ようとし)た中島敦は芥川に近いと感じる訳なのだ。で、ここではそんな中島敦の内面を通じて、芥川の自殺の原因を探ってみたい。

 

 芥川の自殺の原因については色々と挙げられている。過去の女性関係に悩まされていたとか、自殺した親戚の面倒を見なければならないとか、文学全集での行き違いだとか、親友の発狂であるとか、煩わしい人間関係から思わしくない健康問題まで原因として挙げられている。確かにこれだけあれば、自殺しても不思議はないと思えるほどである。

 しかしそんな周囲からの憶測(推測)を余所に、芥川自身ははっきりとこう言っている。自分の自殺する原因は「ただぼんやりとした不安」だと。これはあまりにも有名な言葉だが、しかしこんな曖昧な理由で自殺したなど信じられないというのも人情で、前述のような様々な「自殺の原因」が掘り起こされたという訳だろう。

 しかし私としては誤魔化しでも何でもなく、芥川の自殺の原因はそんな「ぼんやりとした不安」なのだと思う。先に挙げられた具体的な原因ももちろん自殺を後押ししただろうが、しかし真の根本的な要因は「ぼんやりとした不安」だった筈だ。まず「ぼんやりした不安」があり、その上さらに色々な厭な事が重なって芥川を自殺に向かわせたのであって逆に言えばこの「不安」さえなければ芥川は、他にどんな苦痛があったところで死を選んだりはしなかったのではないか……そんな風にすら思う。

 では、この「ぼんやりとした不安」の正体は何だろうか?

 私はこれは、先述した理知的な苦悩――つまり「人生に価値を見い出せない」ということだと思う。人生は味気なく、無意義であり、徒労であり、全く意味がない。という諦観や絶望感、虚無感。それこそが「不安」の正体ではなかったかと思うのだ。

 そのような厭世観があっても、とりたてて辛いことさえ降りかからなければ、とりあえず生きていくことだけはできる。しかしそのような虚無感を抱きつつ、しかも煩わしい人間関係やら何やらに問題があれば、それは苦しいばかりのものでしかない。だから芥川は自殺したのだ。

 しかしこんな風に言ったところで、別に根拠などないので説得力は欠片もないだろう。そこで芥川に近い内面を有する中島敦(これも私が勝手に思っているだけなのだけど)の記述を参考に、そんな私の独断の補強をしてみたい。

 

 岩波文庫の『山月記・李陵』末尾の氷上英廣氏の解説に従えば、中島敦の作品は大きく三つに搾ることができるという。一つは漢文調の作品群であり、二つ目は南洋的な作品。これは(病気や精神の回復を期して)南洋庁の職員としてパラオに行った経験から生まれたもので、『光と風と夢』や『環礁』がこれに当る。

 そして三つ目が形而上学的・哲学的な作品群。形而上学的冒険小説(を目指した)「わが西遊記」はもちろんのこと、自伝的小説である『かめれおん日記』や『狼疾記』もこれに含まれる。そしてこの第三の作品群においてこそ、芥川と中島敦に通低する部分が現れているのである(と筆者は勝手に思っている)。といっても筆者は『かめれおん日記』は未読なので、ここでは『狼疾記』についてのみ語る。

 この自伝的小説の主人公である三造(三蔵?)は女学校の教師をしている青年なのだが、どこか醒めた目で世の中を見ているというか、むしろ捻くれている。内省的で博学でもちろん頭脳明晰で、それをひけらかすという行為はあまり好まないけれど、内心は周囲の人間を見下している。けれど自分を客観視する眼も持っていて、時折はそんな自分自身を嘲って批判する。けれどやっぱりどちらかと言えば、傲岸不遜という印象が強い(ちょうど『山月記』の李徴のように)。

 そんな三造は存在論的な懐疑に囚われているのだが、それは彼の子供の頃の体験に由来する。彼が小学四年生の頃、「肺病やみのように痩せた・髪の長い・受け持ちの教師」が「明らかに幼い心に恐怖を与えるという嗜虐症的な目的で」、子供達に地球の運命について話した。それは「如何にして地球が冷却し、人類が絶滅するか、我々の存在が如何に無意味であるかを、その教師は、意地の悪い執拗さをもって繰り返し繰り返し……説いた」という感じだったという。

 この話に幼い三造は恐怖する。「地球が冷却するのや、人類が絶滅するのは、まだしも我慢ができた。ところが、その後では太陽も消えてしまうという。太陽も冷えて、消えて、真っ暗な空間をただぐるぐると誰にも見られずに黒い冷たい星どもが廻っているだけになってしまう」と考え、青くなる。彼は思う。「それでは自分達はなんのために生きているんだ」と。「自分は死んでも地球や宇宙はこのままに続くものとしてこそ安心して、人間の一人として死んで行ける。それが、今、先生の言うようでは、自分達の生まれてきたことも、人間というものも、宇宙と言うものも、何の意味もないではないか。本当に、何のために自分は生まれてきたんだ?」……。

 この三造の恐怖というのはある程度は理解できる(彼ほど深刻にはなれないが)。全く以て、いつか地球がまるごと滅亡してしまうのだとしたら、人間の文明というものはまるで意味がないのだから。文明の進歩も、積み重ねられてきた先人の叡智も、技術の進歩も、天才的な芸術家達の遺した遺産も、もちろんあらゆる偉大な文学作品とて情け容赦なく、一切合財、残らずこの世から消滅してしまうわけなのだから(宇宙進出の可能性は措いておく)。多感な子供が、個々の人間どころか人類そのもの、いや宇宙そのものに意味なんてないと思い、懐疑に囚われるのも無理はない。それは三造も言う通り、「人間や宇宙に対する信頼の問題」なのだ。

 しかも幼い三造には、この問題を深刻なものとして共有できる仲間がいなかった。三造は父親や親戚の年上の者にこの問題について真剣に訊ねてみたが、それが事実だと認めながらも、彼らは笑って取り合わなかった。「五千年や一万年のうちにそんなことは起こりゃしない」というのが彼らの言い分で、誰一人としてことの深刻さを理解はしなかったのだ(ちょうど芥川の苦悩を理解できない批評家連中のように)。

 それだから三造はたった一人で、幼い彼には荷が勝ちすぎるこの懐疑と格闘しなければならなかった。それは頭でっかちな若者が哲学書を読んで空理空論を戦わせるという類のものではなく、「感覚として、彼の肉体の中に住み着いてしまった」のだ。そして青年となって理論武装をし、多少は防御の術を身に付けた今でも、三造は子供の頃に味わったこの憂鬱な気分に襲われる。「今でも、空気の湿った午後の昼寝から覚めた瞬間など、どうにもならない・わけのわからない・恐ろしさ、あじきなさに襲われる」と言った風に。この恐ろしさ、味気なさというのはつまり、人生とは無意味だ、何をしても・何を得ても・どんな努力をしても畢竟、意味のない徒労なのだという諦観であり、絶望であるのだ。

 彼ほど深刻ではなくとも、このような憂鬱な感情は、程度の差こそあれ誰もが味わったことがあるだろう。友達がいないので恥ずかしながら自分のことを例に書くが、私の場合は夢見が悪いとか、曇りの日などはそんな気分になる。今にも雨が降りそうな程に不穏な黒雲とか、いっそ雨でも降ってくれれば却って気も楽なのだが、空一面が真っ白で暫らくは雨も降りそうもない、という中途半端な感じなのが一番よくない。私の場合は子供の頃、そんな空を見ているとなにか何もかもが億劫というか、何をしても虚しいような気分になったものだった。

 断っておくが、普段はそんなことはなかった。その頃は私とていたいけな子供らしく、あれこれと欲しい物はあったし、やりたいことは幾らでもあった(と思う)。けれどそんな私でも真っ白な曇り空を見ていると、何もやりたくなくなるし、欲しくなくなる。日頃はあれだけ欲しいと熱望していたものが急につまらないものに見えたり、目標を掲げて努力を重ねてきたことも、そんな日には「もうどうでもいい」と思えたりする。

 まあ、私の場合は一過性のものであって翌日には回復していたりするのだが、その間は少し厄介ではある。やらなきゃいけないことがあるのにどうにもやる気が出ず、普段は当たり前に感じていた欲求や願望、大切にしていた目標や希望が急に色褪せ、どうしてそんなものを欲しがっていたのかすらわからなくなるのだから。私は内心密かに、このように特に理由もないのに何もかもが色褪せて見える現象を「生のゲシュタルト崩壊」と呼んで恐れている。つまり(別に説明の必要もないだろうが)文字を凝視していると「あれ、この字ってこんな形だっけ?」とか思えてくるゲシュタルト崩壊と同じように、普段は何の疑問もなく抱いていた目標や願望が色褪せてしまうからなのだが。思うに、そして少なくとも私の場合は、このような気持ちの奥底に「何をやったって結局は無意味だ」という、人生に対する諦観が潜んでいるように思われるのだ。

 懸命なる諸兄はもうお気づきだろう。いやそれどころか、きっと既に「いや、それ要するに鬱病だろ?」とかツッコんでおられるのに違いない。……まあそうなのだろうとは思う。でも、たしか「作家なんてものはほとんどが鬱病だ」とか主張している本が少し前に出ていた気がするし、作家が鬱病なのは(私は違うけど)ある意味当然じゃないかと思う。というより、芥川や中島敦が鬱じゃないなんて、故人の霊に対して失礼かもしれないが、それこそありえない話だろう。

 精神病には器質的な要因もあるから簡単には言えないだろうが、本人の抱える思想とて少なからず影響するだろう。という訳で私としては、中島敦のみならず芥川もこのような存在論的な懐疑を抱き、半ば慢性的な欝状態に陥っていたのじゃないかと思う。それこそが理知的な近代人たる芥川の罹っていた病であり、人生への倦怠であり、自殺の根本的な原因であった「ぼんやりした不安」の正体なのではないか。と、些か以上に乱暴な推論ながら(推論にもなっていないか)、私は勝手に信じている。

 

 結  黒洞々たる闇を劈く閃光・或いは「この凄まじい、紫色の火花」

 

 しかし。まあそんな強引な憶測を勝手に言わせて貰うとして、ではこの芥川と中島敦の二人には、全く救いがなかったんだろうか?人生は無意味だと考えて、絶望しきっていたのだろうか?

 ここで忘れてはならないのは、少なくとも中島敦は自殺していないということだ。晩年の事情は措いておくとしても、彼の作品からは自殺という悲劇的な結末を予想させるものと、そうでないものとがある。

 例えば『山月記』や『狼疾記』は(ラストを除けば)わりと自殺の運命を感じさせる。中島敦は人への手紙に「世界がスピノザを知らなかったとしたら、それは世界の不幸であって、スピノザの不幸ではない、こういう考え方は痩せ我慢だと思いますか?」という文章を書いたらしいが、この文章からも自身の才能への自負と共に、そんな自分が世間に認められないという憾みの気持ちも感じられる。この状態のままずっと認められていなかったとしたら、そのような運命もあり得たのではと思える。

 他方、それとは別の可能性を感じさせる作品もある。全体に暗い調子の『狼疾記』にしてもラストだけは救いがあるし、『名人伝』や『文字禍』も哲学的な題材を扱いつつもその筆致は軽妙で、笑いがある。さらに何と言っても、作者の懐疑主義を仮託された陰鬱な沙悟浄を主役とした『悟浄出世』に到っては存在論的懐疑に真っ向から取り組みながらも、その遍歴には随所に作者のユーモアが光っているから(哲学談義に興味がない人にとっても)読み物として単純に面白いものとなっている。

 さらにその続編である『悟浄歎異』に到っては、そのラストにおいて悟浄は彼がずっと求めてきた「答え」、或いは暗闇に射しこむ光明らしきものの片鱗、その予兆らしきものを感じ取っているようにも読める。それはつまりその分身たる中島敦自身が、(単に自身の文筆生活に光明を見い出したという理由ではなく)幼少期から彼の人生を暗く蔽ってきた懐疑を晴らす、何らかの「答え」を見つけた、或いは少なくとも見つけつつあったということではないだろうか?

 もしそうだとすれば、彼は決して自殺などしなかったことだろう。彼の人生の全体はまさに彼の分身たる悟浄のように、暗い懐疑の水底から少しずつ浮上して、温かみのある人間的な世界に近づいていったようなものだったのかもしれない。

 

 それでは芥川はどうだろう?彼は中島敦とは違い、自らの断固たる意志の下に、決然と自己の生命を絶ってしまった。彼は人生に全く意味などないと思っていたのだろうか?いや、そうではない筈だ。人生に意味などないと考えていたのだとしたら、そもそも最初から作家などになっていなかっただろう。

 そう、一見するとまったく無意味で価値のないものに映る人生においても唯一、芥川にも「価値がある」と思えるものがあった。それこそが「芸術」に他ならない。だからこその芸術至上主義であり、そうして生まれたのが『戯作三昧』や『地獄篇』だろう。

 『或阿呆の一生』に「火花」という題の文章がある。短いので全部引用してみよう。

 「彼(芥川のこと)は雨に濡れたまま、アスファルトの上を踏んで行った。雨はかなり烈しかった。彼は水沫の満ちた中にゴム引の外套の匂いを感じた。

 すると目の前の架空線が一本、紫いろの火花を発していた。彼は妙に感動した。彼の上着のポケットは彼らの同人雑誌へ発表する彼の原稿を隠していた。彼は雨の中を歩きながら、もう一度後ろの架空線を見上げた。

 架空線はあいかわらず鋭い火花を放っていた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかった。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り替えてもつかまえたかった。」

 以上が全文である。この紫色の火花、「命と取り替えても」手に入れたい凄まじい空中の火花が即ち「芸術」であり、「美」の隠喩であることは言うまでもないだろう。そして彼には――恐らくはまだ名を成していないのであろうこの頃の芥川には――それを為すだけの手腕と才覚が既に備わっている。上着のポケットに隠されている、「同人雑誌へ発表する彼の原稿」こそがそれであることは、これも言うまでもないことだ。その原稿というのがどの作品の原稿であるか(それはひょっとしたら『羅生門』だったのかもしれない!)、その原稿を芥川が自分の「紫色の火花」と見做していたかどうかまではわからないが……(見做していたとすれば、命と引き換えでも欲しいものを既に得てしまっていることになってしまうが)。

 この味気ない・娑婆苦に満ちた・無意義で徒労でしかない世界において、唯一つ燦然と光輝を放っているもの。それだけが(芥川にとっては)この世界で価値あるものであり、無意義な人生を意味のあるものとする、唯一のものだったのではないか。

 もっとも芥川は意外と子煩悩だったという一面があり、それもまた真実であると思うのだが、しかし他方では自分の長男の誕生したのを見て「何のためにこいつも生まれてきたのだろう?この娑婆苦に充ち満ちた世界へ(『或阿呆の一生』)」などとしみじみと思わずにいられなかった。これとても素直に芥川の真情であるとは限らず、自分の子供が産まれたことに当たり前の父親としての喜びや感懐もきっとあったに違いないとも思う。でもその喜びにしても、このような皮肉を伴わずには味わえないというのが芥川龍之介という人間であったのではないか……そんなようにも思う。

 人間としての当たり前な感情や愛情も、ある意味では怜悧なまでの理知を有する彼においては常にこのような皮肉や悲観的観方を加えられ、全的な肯定を得ることはできない。だから芥川にとって、本当の意味で全的に肯定し得るもの、あらゆる批判や疑いを免れる唯一つのものはやはり、崇高なる芸術(美)しかなかったのだ。

 そしてそれは恐らく、「自分が死んだ後も残るから」という理由から(だけ)ではない。たしかに優れた文学作品は作者の肉体が滅んでも長く後世に残るだろうが、それは第一義の理由ではない。でなければ芥川は芸術を「紫色の火花」なぞという、儚い一瞬の閃光には喩えなかっただろう。

 芸術には建築を始めとして彫刻や絵画といった実体を有する「形あるもの」と、音楽や演劇と言った形のない、「一回性のもの」がある。前者が長くこの世に在り続け、多くの鑑賞者の目に触れるのに対し後者は云わばその場限りのもので、本質的には再現不可能なものだ。両者は芸術としての在り方が根本的に異なっているかにも見えるが、実はそうでもないという気も(私には)する。というのは、中島敦が幼い頃に聞いてショックを受けたように、もしも地球や太陽が滅んでしまったとすれば、あらゆる芸術はその種類を問わず滅んでしまうのだから。その意味では建築や彫刻といった形ある芸術も、そうではない一回性の芸術も同じ、時間の流れの中にほんの一瞬咲いた「紫色の火花」に過ぎない。

 ところでこれは偶然なのか、中島敦にも似たような文章がある。先にも言及した『狼疾記』で作家の分身である主人公の三造は、存在論的懐疑にとり憑かれながらも時々はこう思える――「ときとしてごく稀に、歓ばしい昂揚された瞬間がないでもなかった。生とは、黒洞々たる無限の時間と空間との間を劈いて奔る閃光と思われ、周囲の闇が暗ければ暗いだけ、また閃く瞬間が短ければ短かいだけ、その光の美しさ・貴さは加わるのだ」――と。もっともこの「閃光」というのは芥川の「火花」のように芸術の象徴という訳ではないが、似ていると思うのはあながち強引でもないのではと思う(まあ、この「黒洞々たる」という言葉から芥川の『羅生門』のラスト、「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである」を連想するのはこじつけだろうが)。

 存在論的な懐疑にとり憑かれ苦しめられ、世界や自分自身の人生に意味なんてないと思えても。何もかもが徒労であり、その癖煩わしいことばかりで、周囲の連中は誰も彼もエゴイズムの塊に見えて、或いは誰も自分の才能を認めてくれなくても。そんな暗澹たる、言ってしまえば吐溜めみたいな世界でも、時には心奪われるような素晴らしい瞬間がある。魂を震わすような美しい物もある。……いや、自分達の手で、それを創り上げることができる。彼らはそのような稀有な能力を持つ人々であったからこそ、その自負があったからこそ、深刻な懐疑に囚われながらも生きることができた。私には、そんな風に思えるのだ。

 

 では、芥川はどうして自ら死を選んだのか?……それはわからない。色々な人が挙げている通り、晩年の芥川には様々な心労があった。それは確かに彼を追い詰めていただろうが、しかし思うに芥川がまだ彼の「紫色の火花」を追い求めていたのなら、いくら苦しくとも彼は自殺などしなかったのではないかと思う。少なくともまだ文章にしていない作品のアイデアがあって、しかもそれが素晴らしいものであったとすれば、それを書くまでは死のうとは思わなかったと思えるのだ。

 では、芥川にはもう(少なくとも死を思い留まらせるほどの)アイデアが残っていなかったということだろうか?それとも、今までに彼が手掛けていた数々の作品に少なからず満足を覚えていて、「だからもういいか」と思えたのだろうか?

 芥川が自殺した昭和二年には、晩年の代表作である『河童』や『歯車』を始め、好短編をいくつも書き上げている。彼は思い残すことがないように、最後に書きたいものを全て書いてしまったのだろうか?だからこそ死を選ぶことができたのか。……それはまあ、結局はわからない。

 わからないが、それでも書きたいものを全部書いて死んだとしたら、それは少なくとも本人にとっては、幸せなことだったのではないか。私としては、そんな風に思ってしまう。

作家と死について① 未完成の作品

 『未完成の謎学』という本がある。というとなんか大仰かもだが(「学」とかついてるし)何のことはない、単なる雑学本。ブックオフの100円文庫の雑学コーナーに並んでるような、て自分もそこで買った。本を書いたのが「人間おもしろ研究会」と言えばどんな本かわかるだろう(人間おもしろ研究会の方ごめんなさい)。

 内容はというと様々な芸術家、例えば画家や映画監督、俳優そして作家の未完成の遺作――たとえばモーツァルトの『レクイエム』とか手塚治の『火の鳥』――を本人のエピソード付きで紹介するというもの。その内容は六章仕立てで、「無念!命燃え尽きるまで完成めざした未完成」「これが人生か……悲運に夢打ち砕かれた未完成」「賛否両論!他人の手によって完成された未完成」「葬られた真実!謎のベールに包まれた未完成」「幻の最高傑作!?完成が期待された未完成」「ナゼだ!天才たちが自ら封印した未完成」というもの。天才たちの面白エピソードあり、そしてミステリーありで、気軽に読めて面白い。そしてもちろん、そんな彼らの「未完成の作品」に興味が湧く。

 そして日本からはもちろん、あの文豪夏目漱石が出て来る。これは第三章、「他人の手によって完成された未完成」に入っている。知っての通り、漱石の絶筆である『明暗』は平成二年に水村美苗の手によって『続明暗』として完成されているからだ。

 断っておくが、ここでその是非を論じるつもりはない。というのも私は『明暗』『続明暗』も読んだことはないからだ。ていうかそもそも私は漱石のいい読者ではなくて、実は『夢日記』と数編の小品しか読んだことはないから(高校生の頃に『こころ』を読まされたけど覚えてないので読んだ内に入らないし)。

 そんなわけで私が語りたいのは、作家が未完成の作品(つまり絶筆)を残すことについてだ。それが一体どんな気分なのか、ちょっと想像してみたい、そんなお年頃なのだ。その材料として漱石が最適なわけなのだ。

 というのも、漱石の座右の銘は「則天去私」。これは「小さな私を去り、自然に則って生きる無私の境地」ということらしい。つまり死が訪れたなら、今のように延命措置なんてしないで死を受け入れるという態度だ。だがその漱石は死の直前に「死ぬと困るから注射をしてくれ」と頼んだという。

 実際この言葉が報じられると、ある評論家は「漱石自身はまだ則天去私の境地には達していなかったらしい」と言って嘲笑したらしい。まあこれは極端な反応だろうが、それでも大半の人は「まあ無理もないよね」と思ったことだろう。あるいはそれは、大作家も人の子だったかという安堵だったのかもしれない。

 しかしもちろん、積極的に擁護した人もいた。なんと言っても当時の漱石は先にも書いたとおり、大作である『明暗』を朝日新聞に連載しているところだった。「まだ死ねない」というのは別に人生そのものに欲とか未練が残っていたのではなく、とにかくただ「自分の作品を完成させたい」という欲ともいえない欲だったのだろう。ていうかなにしろ漱石のことだし、その作品の完成するか否かはもはや私の領域を離れ「天」の領域の問題だとも言うなら言えるだろうし。しかも『明暗』はその作品のテーマに手が届くかどうかという部分で終わっているそうだから、その無念さはひとしおだろう。

 漱石といえば誰もが知っているような作品を無数に書き、しかもそれは後世に(現代まで!)残っているわけだから、周囲から見ればもう十分過ぎるとすら言える。今の時代なんて、出版不況とかいいながらも次々と新人がデビューして本を出していくというのに、その中で後世どころか五年十年で忘れ去られていく作品が大半だというのに(そしてもちろん、そのさらに下に本すら出せない私達がいるわけですがね★)。

 だけどきっと本人にとってはそんなことどうでもよかったのだろう。書きたいものがあり、それを書けずに死ぬ。それはどんな作家、いやどんな表現者にとっても、ひどく無念なことに違いないのだ。

 ……と思ったのだが、実はそうと決まったわけでもないらしいから困ってしまう。作家に限っても色々な未完成が紹介されているのだが、中でも漱石の対極に近いのがサン=テグジュぺリ。言わずと知れた『星の王子様』の作者である。 といってももちろん『星の王子様』が未完な筈もなく、未完なのは『城砦』という作品。

 テグジュぺリといえば『夜間飛行』も有名だから彼がパイロットだったということもご存知であろうが、彼は第二次大戦にも参加していた。しかも嫌々ではなく、占領された祖国フランスを開放するために志願したのだ(といっても任務は偵察飛行が主で、直接戦闘に参加したというわけでもないようだが)。

 しかもその名声は既に知れ渡り、出版社からの依頼もあったというのに。しかも、軍にしてもそのような高名な作家をみすみす戦死させたくはなかったようなのに、彼はわざわざ軍の上層部に直訴してまで、危険な偵察飛行に出ていたらしい。なんだかこれだけ聞くと、祖国解放のためというより死にたがっているようにすら見えてしまう。いや祖国のためというのも本当に違いないのだろうが、どこか殉教者のように見えるのも否定できない。

 彼は実際、死にたかったのだろうか?それなら、作家としての未練はなかった?

 しかし彼には、『城砦』という未完成の作品がある。私はそれを読んだことはないのだが(著作集に入っているらしい)、例の本に拠ると「物語でも哲学書でもない、既存の文学ジャンルにあてはまらない不思議な作品」だという。ある評論家は「強いて言うならば『聖書的な作品』」と言ったらしい。

 だとすると、相当な意欲作ではないかとも思える。単なる実験的な試みなら、短編でもいいような気がするし(それじゃ駄目な理由があるのかもしれないが)。しかし本人の方はあたかも自ら死に向かっているかのようだ。彼は友人への手紙で、「もし撃墜されても、私はほんとうに少しも悔やんだりはしないでしょう」とすら言っている。全くたんなる印象に過ぎないが、この言葉はまさしく作家の真情の吐露のように思える。

 だからこそ不可解なのだ。では、『城砦』は未完のままでもいいと思っていたのだろうか?

 彼はその言葉の通り(と言っていいのか)、最期の任務で行方不明となってしまった(彼の乗った機は長らく未発見だったが、近年になって海のそこで発見されたらしい)。

 こう見ると、二人の作家はなんとも対象的である。未完の作品に最後の最後までこだわった夏目漱石。全く未練のない(ように見える)サン=テグジュぺリ。

 どちらが人間として、いや、作家として正しいのか、ということはできない。それは本人の問題であって、外野が口出しすることではないと思うからだ。……或いはその作家のファンであれば、漱石の態度を褒め(と言ったらおかしいか)、テグジュぺリを非難する権利はあるだろう。だがそれでも、あえて私の意見を言わせてもらえば、それはやはり本人の自由であると思う。

 とはいうものの、どちらが理解できるかといえば、漱石は9:1位の割合で理解できる。対してテグジュぺリの方は7:3で理解できない。三割くらいは理解できる気もするけど、残りの七割は理解できないし納得できない(とはいえやっぱり、私にはどうこう言う権利はないのだが)。

 比べて言うのはおこがましいが、ていうか図々しいにも程があるが、半人前どころか作家にすらなれない私のような素人でさえ、死ぬ前に書いておきたいというものはあるというのに。ていうか「これを終わらせるまでは死ねない」というものが、表現者なら誰にだってあると思うのだが。

 とはいえむろん「できれば書いておきたい」とか「書いておくに越したことはない」という感じのものもあるわけで、それは同時に「書けずに死んだら、それはそれで仕方ないかな」とも思えてしまうものなわけだ。テグジュぺリにとっての『城砦』も、そのようなものだったのだろうか?

 ……わからん。

 まあとにかく、この本はやはり面白い。他の作家にしてもいろんなタイプがある。幻想文学作家の中井秀夫は「優れた作家には未完成の作品があるべき」という信念(?)があったらしく、小説を連載していた雑誌が廃刊したというだけで続きを書くのを諦め(というか喜んでた?)、完成させる努力もせずに早々に本にしてしまったらしい。埴谷雄高はずっと書き続けていた『死霊』を、高齢を理由に九章で終わらせてしまった。

 しかしやっぱり興味深いのは最終章の「天才たちが自ら封印した未完成」の賞に出てくるゴーゴリの『死せる魂』。彼は盟友プーシキンの構想を譲り受けて書き始めた『死せる魂』の第一部を完成させて、しかし第二部を破棄してしまった。これはある神父に、その内容の罪深さについて説教されたからだという。しかもその10日後にゴーゴリは死んでしまったらしい。……どんな事情があったか知らないが、それにしてもこの神父。

名前について(2)

 私の筆名について書くつもりですっかり忘れていた。まあどうでもいいというか、既に書く気もなくなってしまったが、書くと書いたのだから書いておこう。誰も興味ないだろうけど。

 といっても別に大した理由などない。せっかく自分で自分の名前を考えられるのだから好きな漢字をたくさん入れたいと思っただけのことである。

 どうして、と聞かれても困るが、私には「なんとなく好きな漢字」というものが幾つかあり、その字が読んでいる本の中に出てくると意味もなく嬉しくなってしまったりする。きっと誰でもそうだと思うのだが(そうでもない?)。

 で、好きな漢字を上げると。まず塵(なぜか)。烏(カラス。これは好きな鳥だから)。廻(なんとなく)。炉(やっぱりなんとなく)。他にもいくつか。

 これらの漢字を使って名前らしきものを作る。が、他にも少しは条件があった。

 ・下の名前は二文字がいい。

 ・日本語的な語感が望ましい。

 ・きれいな名前は恥かしい。外骨とか狂斎のような、ちょっと自嘲の入った名前がいい。

 ・少女漫画のキャラのような、あまり奇抜な名前は避けたい。といってありふれた名前も   

面白くない。あまり見ないような、けれど言われてみると「あるかも」と思わせるような名前がいい。

 ……などなど。で、今の筆名になったわけです。

 まあ成功しているかはわからないが、少なくとも「塵野」というのは、ありそうでなさそうな感じで気に入っている。塵野ウロ→塵野ロウ→塵(ゴミ)野郎にもなるしね。

名前について(1)

 誰でも幼い頃に何かを勘違いしているということはあると思うが、自分の子供の頃の勘違いにこんなものがある。誰でもみんな大人になったら、名前を変えるというものだ。

 それは昔の武士が元服すると名前を変えていたということから来た勘違いだったかもしれないし、親が子供の頃も今と同じ名前だったということがなにか不思議な、そぐわないことに思えたのかもしれない。自分の親が昔は子供だったということが実感できないという経験は誰にでもあると思う。まあ、名前に違和感を覚えるのが一般的かどうかはわからないが。

 そんな感じで私は幼い頃には親の名前に違和感を抱いたが、いつの頃からか自分自身の名前に違和を感じるようになった。自分の名前が自分のものとは思えないのだ。

 いや、もちろんそれが自分の名前だということは正常に認識している。他人に名前を呼ばれれば返事もするし、書類なんかの氏名欄にはちゃんと本名を書くことができる。それでも、どうしても齟齬がある。自分の名前が、他人のもののように思える。

 こんなことを書くと「今の自分は本当の自分じゃない」みたいな中二病と一緒くたにされてしまいそうだが、まあ実際大差ないかもしれない。でも「本当の自分」みたいな話だって、それをそんな言葉で表現するからなんかアレな感じになるのであって、心理学的に説明すれば別にそれほどイタイ話ではないと思う。自分探しみたいなことを言わない立派な大人だって、ふだん普通に生活している自分に違和感を抱くことだってあるだろう。社会の中で特定の身分やら立場やらを持って他人と接している「自分」と、それから離れたプライベートの時間の「自分」が離れていると感じることもある(たぶん)。それは別に特別なことでもなんでもなく、社会の中で正常に暮らすために作り出した対外的な人格であり、他人とうまく関係を結ぶための仮面、いわゆるペルソナというやつなのだ。これに関しては広く知られているから説明の必要はないだろう。

 要するに自分探しとか本当の自分なんていうのは、社会と接するための対外的な人格であるペルソナに対する違和感の表明なのであり、それへの対処なのだ。これはつまりそもそも本来のありのままの自分とは異なるペルソナを、自分の本来的な性格だと誤認してしまったがために起こる問題で、特に中二病とかイタイことではない。と思う。一人前の良識ある大人がそんなことを言わないのは、意識的にせよ無意識にせよ、うまく二つの「自分」に折り合いをつけているからに過ぎない。あるいは無視しているだけか、そんなことに気付きもしないくらい鈍感なだけという手合いもいるのだろうが。

 とはいえ、これだけ自分探しなるものが昨今流行しているのを見ると、現代社会で生きるために如何にペルソナが不可欠なものかがわかる。集団生活を送るためにはペルソナを発達させなければならないわけで、それを四六時中ずっと続けていれば本来の自分を見失い、ペルソナこそが自分の人格なのだと誤解するのも無理はない。いや、そもそも「本来の自分」なるものが、そんな日常の中では育たない。肥大するペルソナに比してあまりに貧弱なそれは、わざわざ探しに行かなければならないほどちっぽけなものになってしまっているのだ。

 

 そんなことを踏まえて、名前の話に戻ろう。というのも今のペルソナの話と、「自分の名前」に対する違和感というのは地続きの問題に思えるからだ。

 他人と接する上で必要不可欠なペルソナではあるが、それはあくまで対外的に用いるために造り出されたものであるから、それに違和感を覚えるのはおかしなことではない、というかむしろ普通のことだろう。それは本来の自分、というか素のままの自分とはある意味で別物だからだ。

 ここで名前の方に目を転じてみる。名前とは、まあ色々な見方はあるだろうが、自分を表す記号である。自分という人間と、他者とを区別する指標である。となると必然的にその機能は、対外的な用途としての使用頻度の方が高くなる。自分を内省するためだけなら、別に名前などは必要なものではないからだ。学校の先生やら友達からは名前を呼ばれなくてはならないが、自分のことは「私」なり「僕」なり「俺」なりで充分なのである。

 となるとどういうことになるのかというと。「名前」が対外的なものである以上、それは素のままの自分よりもむしろ、対外的な人格の方により強く結びつく。いや少なくとも、結びつきやすいということになる。自分という人間を表す名前、正式な戸籍に登録されている本名が、本来のありのままの自分よりもむしろ、仮の人格でしかないペルソナの方に結びついてしまうのだ。これはちょっとした逆転現象ではないだろうか。自分が自分であることを示す一番わかりやすい指標であり、アイデンティティーの源にもなる名前が、仮のものに結びついてしまうとは。

 昔はそんなことはなかった。昔の人は自分の本名を(いみな)として隠し、対外的には別の名前を用いた。「いみな」とは忌み名の意で、これは忌まわしい名前という意味ではなく、他人に口にされるのを忌むということである。昔は他人に本名を知られるとその人に支配されるとか不吉だということで、身内以外には隠した。自分の名前を他人に教えるのが、求婚の意味を持っていた時代もある。これは日本だけでなく世界各地に見られる考え方で、現在でもそんな風習が生きている国だってあるという。

 近代の合理主義の見地から日本では廃れてしまった風習だが(なにせ皆が名前をいくつももっていたら戸籍とか大変だろう)、こうして改めて考えてみると合理的だったとも言える。自分の本名を隠して対外的には仮の名前を用いるのだから、体外的な人格であるペルソナには仮の名前が付随する。いわば仮のものに仮の名前がつくわけで、これは甚だ都合がいいわけなのだ(もっとも忌み名の風習は迷信から来ているわけだし、そもそもそんな昔の庶民にペルソナがそれほど発達していたとも思えないが)。

 まあそんなこんなで、私が自分の名前に違和感を抱き、「本当の名前」が欲しいなんて中二病みたいなことを言い出したとしても、責めないでやってほしい。

 

 さてそんなわけで私は自分の名前にいつの頃からか、違和感を抱いていた。それで何か別の、新しい名前を欲した。といっても最初はそれほどはっきりした願望ではなかったのだが、それでもやはり意識の底にはそんな思いがあったと思う。

 だが名前を変えるといっても、改名というのはそう簡単にはいかない。法的に自分の名前を変えるという手段はあるが、色々と手続きやら条件やらがあるわけだし、周囲だって戸惑うだろうし、なにより名前を付けてくれた親としてはショックを受けるだろう。名前に違和感があるといっても現実に問題を生じているわけではないし、別に自分の名前が嫌いだというわけでもないのだ(最近は子供に奇天烈な名前を付ける風潮があるそうだが、自分の名前はそんなんじゃない。きわめて真っ当な普通の名前である)。そこまでする必要がない。

 かと言って自分で勝手に名前を考えて、明日からそれで呼んでくれと周囲に頼んだところで、なんだかあまり意味があるとも思えない。どうにも中途半端に思える。事情を知っている知人からはそう呼ばれるかもしれないが、実生活の必要な場面ではそれは通じない。言ってみれば対外的な効力に限りがあるわけで、それがどうにも不満だった。

 だから。といってはなんだが、小説家を目指すことに決めたときは、そういう点ではうれしかった。小説を書くなら、筆名を用いる必要があるからだ(もちろんそのためだけに作家になりたいと思ったわけではない、念のため)。筆名もまあ本名として使えるわけではないのだが、本が出るとしたらそっちの名前で出るわけで、対外的な効力となる。というか作家(に限らないが)の場合は本名よりもむしろ筆名の方が、どう考えても知名度がある。筆名を用いる理由としては、本名で出すのが恥ずかしいからという真っ当な(?)理由がある。

 そんな訳で、私は意気揚々と筆名を考え始めた。それは良く考える必要があった。なにしろ、自分の新しい名前である。違和感を拭えない今の名前の代わりに、本来の自分……素のままの自分に似つかわしい名前を、ぜひ付けたい。いや、付けなければならない。

 しかし、そんな気構えをして考えれば考えるほど、わからなくなってしまった。自分に似つかわしい名前って何だ。どんな名前ならいいのか、と。つまり私は自分の名前に不満を持つだけで、どんな名前がいいのかについては殆ど考えていなかったのである。

 こんなとき、直感型の人ならすぐに思いつくのだろう。パッと閃いて、しかもそれがそのままぴったりとその人の本質に当てはまってしまう。えてしてそういう名前は、後々になっても悔いるような結果にはならないのだと思う。

 その点、残念ながら私は違う。小説のタイトルにしても登場人物の名前にしても、すぐに思いつくということがない。全くないともいえないが、大抵はかなり長考する。試行錯誤を繰り返す。そしてそうやって考えれば考えるほど、アレもいい、これもいいなどと思えてきて迷走する。候補を絞ることはできても、どこかしっくりこないから、いつまでも決めきれない。それでもなんとか決めてみても、いつまでも違和感が残ったりして、それは時につれて馴染むか、或いはいつまでも馴染まないこともある。つまり私の場合、必要なのは時間であり、感覚ではない。というか、感覚が弱いから、時間がかかる。

 つまり、何が言いたいかというと。

 ぶっちゃけた話、自分の筆名を変えたいのである。

 先の震災のこともあって、「炉」という文字を使うことに躊躇を覚える(カラスの炉とか、今となっては不吉な字面にしか見えない)。そこで、「炉」の代わりに「呂」という文字を使うことにする。要は「炉」の字を使わなければいいのだ。

 というわけで、これから「塵野烏呂(じんのうろ)」と名乗ることにする。できればこれで決定にしたい。

 この筆名ができた経緯なんかも書きたかったのだけれど(なにしろ変な名前だし)、長くなってしまったので次の機会にする。まあ誰も興味などないと思うのだが、語らないまま自分が死んだらちょっとした謎が残ってしまう。万が一だが、そんなどうでもいいことを気にするような人が、このサイトに来ないとも限らないではないか。

S神について

 S神のことについて書いてみたい。

 中央アメリカに栄えたマヤ文明には、名前ではなくアルファベットで呼ばれる神様がいる。つまりA神とかB神とかいう感じである。ちゃんと名前がある神様もいるが、アルファベットの名前しかない神様もいる。

 もちろん最初からそうだったわけではない。知ってのとおり中央アメリカはスペインに侵略され、マヤやアステカの文化は破壊された。キリスト教の布教のために邪魔になる宗教面における破壊は特に徹底されていて、沢山の神殿が破壊され、書物が燃やされたりした。そうして多くの貴重な伝承が失われた。

 しかし近代に入ると、マヤの文化も学術的な調査の対象になる。そして多くの遺跡が発見され、研究されることになる。遺跡の壁に描かれている絵や残された絵文書なんかを手がかりにして、破壊されたマヤの人々の世界観や神話なんかが明らかになっていく。 だが困ったことに、描かれた神話の場面なんかがあっても、その神様の名前がわからない。マヤの子孫の人々が信仰する神様の名前を割り当てようとしても、どの絵がどの神様なのかわからないのだ。

 そこで19世紀の後半に、シェルハスという学者が研究の便宜のため、描かれた神々にアルファベットを割り振って分類した。櫂のような棒をもっているのはB神、老人の姿で描かれているのはD神、といった感じに。

 今では研究が進み、多くはちゃんとした名前がわかっている。B神は雨と稲妻の神であるチャック・モールだし、D神は最高神であるイツァムナー、といった具合に。でも中には未だにはっきりわかっていない神様もいるらしい。

 この話を知ったとき、なんだかちょっとワクワクした。名前が失われた神。アルファベットという一文字の記号で呼ばれる神。なんだか神秘的で、秘密めいていて、好奇心を刺激する。原因となった悲劇があるだけに不謹慎であるとは思うが、それでもロマンみたいなものを感じずにはいられないのである。

 

 さて、ではS神とはどんな神なのかというと、別にマヤ文明の神様ではない。というか、今までの話は前置きというか、実はまったく関係のない話だったりする。こっからが本題である(ここで注意。ここから先の話はほとんど見苦しいただの愚痴なので、興味ない人は読まないでください)。

 では本題。マヤ文明の神様ではないとすると、S神とはいったい何なのか?

 実は、これは筆者が勝手に名づけた神の呼び名なのである。このSは、SMのS。サディストのエスである。つまりS神とは、ドSな神様という意味である。神はドSであるという筆者の断固たる主張なのである。

 こんなことを言うと、自分が努力しないのを神様のせいにしてるとか、自分に実力がないのを認めたくない、逆恨みしているだけとかたぶん思われるだけだろう。小説が落選ばかりなのを、神様のせいにしてるとか。

 でも、別にそんなつもりはないのだ(あくまで意識的には)。落選ばっかりなのは自身のせいだとわかっているつもりだ。そもそも自分の書いたものに自信なんてもってはいない。

 問題はそれ以前のことなのだ。応募するために小説を書いていると、なんかそれを邪魔するようなことばかり起こるような気がするのである。

 普段は別にそうでもないのに、応募期限間際になるとバイト先でトラブルばかりが起こる。バイトを始めた途端、同僚の一人が勤務中に突然謎めいた失踪をして、そのせいでシフトが激増したり。なんかよくわからない特異なキャラクターの客が来たり。普段はそんなことなどないのに、締切日当日に限っていつもより早く出勤してくれとか言われたり……。

 しかも、それがまたかなり絶妙な妨害ばかりなのだ。シフト増やす話とかでも、そのせいで応募が間に合わないことが明らかなら絶対に断る。だがそれはいつも、頑張れば何とかなりそうな程度の妨害だったりするのだ。締め切り当日に早く出勤してくれというのだって、別に一時間か二時間程度だからなんとかなると思って承諾する。そしてそれが、実は命取りになったりする。生死を分ける境界線だったりする。あと半日、いやせめて三時間あれば間に合ったのにというのがどれだけあったことか…。

 もちろん、自分の見通しが甘かっただけの話ではある。被害妄想的でもある。あるいはマーフィーの法則みたいな、そういうのってけっこうあるよねな話でしかないのだろうとも思う。

 でも正直、何者かの作為みたいなものを感じるのも事実なのだ。偶然、で片付けるにはなにかどうしようもない違和感がある。コケにされているというか、必死に足掻いているのを影でにたにた笑いながら見ているというか、そんな悪意を感じるのだ。そして、そんな不特定多数の人間を操って妨害に当たらせることができるのは、くそったれな神の野郎しかいないのだ(断っておくが、これは日本的な神様ではない。想定しているのは西洋の一神教的な、運命を操るような神である)。

 

 筆者はもともと不可知論者を自認していた。神の問題については、論理によっては証明も反証もできないと思っていた(今もそう思っている)。

 というのは、大学生の頃、同じ学科の人間から幾度も勧誘を受けた経験からきている。友人というわけでもない顔見知り程度なのに、なにかと理屈をつけて神を信じさせようとしてきた(そんなに落としやすくみえたのだろうか?)。

 たとえばこんな感じだった。そいつは、世界がこんなに色彩が豊かなのは、実は神様が人間のためにそうしたのだとかいう説明をした。つまり、多くの動物は人間のようには多様な色彩を知覚することができない。種類によっては世界を白黒でしか知覚できない。つまりこの世界がこんなにきれいなのは神様が人間のためにそうしたからで、だから神様が人間のために世界を造ったという、聖書の記述は真実なのだ、と。

 これなどは笑止な話で、わりと反論しやすかった。人間が多くの色彩を区別できるのは事実ではあるが、それでも人間が見ることのできるのは限られた波長の光でしかない。動物や虫によっては人間が識別できない赤外線だかなんだか(忘れた)を見ることができる。犬やコウモリは人間には聞こえない高い音を聞くことができる。他にも幾らでも例はあがるだろう。

 そんなこんなの議論、というか一方的な説得を受け続けてつくづく思ったのは、宗教というのは論理の問題ではないということだった。神様がいるかどうかなんてのは、しょせん論理で証明できる範疇の問題ではないのだ。信じるかどうか、つまり完全な信仰の問題だ。

 だから自分は不可知論者となった。神がいるかどうかも、あの世があるかどうかもわからない。対処法としては、どっちに転んでもいいようにしておくこと(何故ならいないともいうことも、論理では証明できないのだから)。あまり我慢もせず、かといって地獄行き直行確実の悪事もしないようにしとけばいい、とか適当に思っていた。

 そんな自分が、ここ数年で神の存在を半ば信じつつある。

 それは信仰の問題だといったが、たしかに理屈ではなく、感覚で思うのだ。自分の人生を影から見ていて、地味に邪魔してけらけら笑っているやつがいる気がするのだ。こんなことを言ったらたぶんおかしな人間と思われるだろう。自分でもそう思う。

 でも、ちょっと考えてみてほしい。もしも本当にそんな奴がいたと仮定して、自分がその存在に勘付いていなかったとしたらどうだろう。そいつは、とんだ間抜野郎ではないか。だったらまだ、その存在に勘付いていて、その相手に毒づいている方が何倍もましだ。たとえ相手に抵抗できないにしても。

 いもしない奴の妨害に腹を立てて毒づいているのも間抜けだ?そうかもしれない。でもどうせ間抜けなら、自分はそいつがいる方に賭ける。いなかったらいないでいいのだから。邪魔されているのに気づかないというケースの方が、どう考えても一番悔しい。悔しすぎる。

 そんなわけで。自分は今、神の存在を信じつつある。どれくらいかというと、68%くらいである。信仰の道の途上にいるのである。ただし、後ろ向きの。

 そんな68%の信仰に賭けて、自分は今ここに主張したい。

 神はいる。そして、奴はドSだ!

と。