ダイダラボッチ

  はしがき 

 

 何から語り始めたらよいものか、正直考えあぐねています。本を読むことには幼い頃から親しんできましたが、まさかこんな人生の終り間際になって、自分が筆を取る側に回るとは考えてもいなかったので。随分と悪戦苦闘を演じましたが、おかげで物を書くということにまつわる苦労が、少しはわかったような気がしています。勿論わたし如きの苦労など、それを専門とされる方々のそれとは到底比べるべくもないものではあるのでしょうが……。 

 なにしろ私の書いたこの物語は(小説などと自分でいうのは気恥ずかしいものですから)、それを活字にしたのはたしかに私ですが、元はといえば大昔に人から聞いた話なのです。子供の頃、今ではもう夢のようにも思える数十年も前の昔に聞いた、古めかしい物語。私はそれを現代の言葉に直し、この拙い文章を書いたのです。

 その事情について、物語の前に記しておきたいと思います。何分信じがたい、捉えどころのない話なのでどこから話すべきか迷いましたが、やはり最初から語ることに致します。

 この年になるまで誰にも言えなかった、「彼女」の話を。 

 

 私の生家は静岡県の西部地方、昔は遠江の国と呼ばれた地域にあります。この遠州の地で私の家は代々、さる寺の住職の座を継いできました。といっても東海道から随分離れた、田舎の山寺のことですので、その名を申し上げてもどなたもご存じないことと思います。

 そんな語るべきこともない小さな寺ですが、歴史だけはやけに古く、創建は鎌倉か平安の頃まで遡ると言われております。言われているというのはつまり、それを証すものが何もないからで、単に口伝えでそう言われているだけという話なのです。寺の創建に関して記されていたかもしれない文書は、ひょっとしたら蔵の中にでもあったのかもしれませんが、誰の目にも入らぬまま本堂もろとも、あの戦争で焼け落ちてしまいました。今の建物は檀家の皆様のご尽力で、戦後に立て直されたものです。

 どうも長々と私事を綴ってしまい、申し訳ありませんが、もう少しお付き合い願います。

 さて、そのような事情なので寺の創建についてはもうわからなくなってしまったのですが、家にはまことしやかにかたられていることがあります。それは私どもの家、「塵野」と書いて「じんの」と読ますのですが、先祖はもともとこの遠州の出ではなかったというものです。その話では、まだ塵野の姓を名乗っていなかった頃、先祖は都で宮中に仕えていたと言います。まだ奈良に都があった時代です。その頃はそれなりに栄えていて、どこかの国の国司になったこともあると言います。これは、いくらなんでも話が膨らんだものに決まっていますが……。

 しかしある時、何があったのか時の権力者の不興を買い、没落の憂き目にあったといいます。よほどの不始末を仕出かしたのか、一族の主だった者は皆処刑され、生き残ったものは隠れるように都を逃れたそうです。そして落ち着く場所を探して各地を流離い、随分と長い時間をかけて、ようやくこの遠州の地に落ち着いたのだと。塵野の姓は、それから名乗るようになったと言う話です。

 一体いつから、どうしてこのような話が言われるようになったかはわかりません。おそらく貴種流離譚に憧れた先祖がいたというのが真相でしょうが、仏門にも拘わらずあえて塵野などという姓を名乗った辺り、かなり鬱屈した性根の持ち主がいたことは確かです。塵、というのは仏教においては修行の妨げとなる欲望のことであり、俗塵という言葉に表されるとおり、出家とは正反対の俗世を表す字なのですから。

 

 とはいえ子供の頃の私は、そんな話には一切興味を抱かず、全く価値を感じませんでした。どうせ単なる作り話だろうし、例え本当だったにしても、そんな大昔の話に何の意味があるものかと思っていました。それも、没落したと言うのですから。

 家の名前にしたところで、むやみに画数が多くて書くのが面倒な上に、いちいち他人に字を説明しなくてはならないので、煩わしいことこの上ない。寺の暮らしも子供の私には窮屈で、どうしてこんな家に生まれたのかと、当時の私はいつも不満に思っていたことを覚えています。

 あの女に出会ったのは、そんな頃のことでした。

 あれは確か、小学校を了えたばかりの時分だったと思います。その頃の私は学校から帰るとすぐに、寺の裏にある森に遊びに行っていました。幾分内向的なところのあった当時の私は気の許せる友人もいなかったので、そうして一人で遊ぶのが常でした。先述した通り、寺にも居たくはなかったので。

 その日、私はそんな遊び慣れた山の中で、ふと道に迷ってしまいました。それは全くおかしなことでした。ごく幼い頃ならともかくとして、その頃にはもうその山のことなど知り尽くしていたはずなので。

 けれどその時の私は見慣れぬ場所に入り込んでしまい、どうしても帰り道がわかりませんでした。寺の敷地の中であることはなんとなくわかるのですが、そのどの辺りに居るのかわからない。最初こそうちにこんな場所があったのかと興奮気味だった私も、次第に心細くなりました。

 悪いことに天気も怪しくなり始め、辺りは薄暗くなってきます。経験のある方ならおわかりでしょうが、森というのは不思議なものです。晴れている時は木漏れ日が差し込んで、のどかにも見えるというのに、暗くなると忽ち不気味で陰惨な印象に様変わりしてしまいます。彼処に生える年経た樹木を見上げれば、そのどれもが気味の悪い怪物に見えます。その辺りはいわゆる里山とは違い、ほぼ手付かずの森に近かったので、余計にそう感じられたのでしょう。

 見上げる木々の幹はその半ば以上が陰に覆われていて、私にはその一つ一つに、恐ろしい何かが潜み私を見ているように思えます。大人が何人も集まっても囲みきれないほど太い根元には、中を見通せないほど大きな洞があって、今にもその中から何かが飛び出てくるような、そんな底知れぬ闇が蟠っていました。

 その時は本当に、ちっぽけな私を取り囲む年経た木々の一本一本が、この山の精霊の姿のように思えたのです。

 堪らなくなって、私は駆け出しました。

 けれど、どこまで行っても、見覚えのある場所には行き着きませんでした。まだ子供で、動転していたとはいえ、アレだけ走れば森を抜けるなり山を降りるなり、とにかく別の場所に出たはずです。それなのにどこまで行っても、同じような森が続いているばかりなのです。その時の私の恐ろしさといったら……。

 やがて私は、辺りの様子が変わったことに気がつきました。一心不乱に走った私は、ようやく森を抜けたのです。

 もっとも、見覚えのないことに違いはありません。そこは見渡すばかりの竹林でした。地面には厚く竹の葉が積もり、下草は殆ど生えていませんでした。

 竹林にはあの特有の、どこか薄い緑味を帯びた暗闇が漂っています。私はまた恐怖しました。原始の森とは違う、それは対照的な類の恐怖です。怪しげな生気に満ちた森とは異なり、竹林は静寂で満ちていました。数え切れないほどの竹が生えているのに、それは静かで、生の気配を感じさせない。

 私は、死の世界を思いました。

 立ち止まっているわけにもいかず、私は歩き始めました。

 始めは、何も見つかりませんでした。どこまで行っても似たような竹林が続いていて、人の姿は勿論、鳥や虫も一匹もいません。

 どこまでも続く竹林に、私は本当にここで死ぬのではないかと思いました。いえ、実は既に死んでいて、それと知らぬまま死後の世界を彷徨っているのではないかとも考えました。

 その庵を見つけたのは、そんな時のことです。

 それは全く唐突に、今でもそうとしか思えないのですが、前方の薄暗がりの中に現れました。目の前まで近づくと、それが大分古びたものであることがわかりました。

 しかし、それが何も異常なことなどない、ただの庵であると知っても、それに入る気には全くなれませんでした。こんな処に、まさか人が住んでいるはずがない。いたとしたら、それは尋常の人間ではなく、昔話でよく聞く山姥のようなものに違いない。そう思ったのです。それに私は、一刻も早く帰ることだけを望んでいたのですから。

 けれどその時、生憎なことに、いえ、まるで狙いすましたかのように、雨が降り始めたのです。曇っていたとはいえ、ずっと持ち堪えていたのに、その時になって……。

 雨は一気に本降りになりました。どこまで続くかわからない道を、雨具もなく行くつもりにもなれず、どうしようもなく、私はその庵で雨を避けることにしました。

 まさか本当に人がいるはずがない、と、そう祈るように念じて……。

 ところが全く思いがけないことに、庵の内には明かりがあったのです。どうして気付かなかったのか不思議なのですが、中では灯明台に火を灯っていて、その傍らには女が一人、光を浴びて、闇の中にぼんやりと浮かび上がっていたのです。

 それは若い、美しい女でした。灯火の明かりで読んでいたのでしょう、和綴じの本を手にし、それに目を通していました。こちらに背を向けていたわけでもないのに、突然入ってきた私のことなど知らぬげに、顔を上げもしませんでした。

 なんだか圧倒されてしまい、私が声も出せずにいると、女はようやく私の存在に気付いたと見えて、ちょっと顔を上げました。そして私のことを認めると、まったく平静な声で、誰か、と尋ねました。しかし私は気圧されて、何も言うことができませんでした。

 すると女はつくづくと私の顔を眺め、今度は塵野家の者か、と聞いてきました。私はやはり声が出ませんでしたが、必死に首を縦に振りました。女は何も言いませんでしたが、ほんの少しだけ頷く素振りを見せたので、私はここにいることを許されたのだと解釈しました。 

 まったくおかしな女でした。私がほんの子供であったこともあるのでしょうが、突然の闖入者にも驚いた顔一つ見せない。私はこの女の精神に、平常のありふれた普通人とはどこか違うものがあることを、子供心に察しました。

 外見からして、その女は奇妙でした。女はまるで封建時代のような着物を着ていたのです。戦前とは言え、もう昭和の時代に入っていたというのに。それも、こんな山の中で。それでいて長い髪は髷にせず、背にそのまま垂らしていたので、女はまるで大昔の、物語に出てくる姫君のようにも見えました。……そう、思わずそんな表現が出てくるほど、その女は子供心にも美しく見えたのです。

 私は気恥ずかしくなりました。沈黙が気詰まりで、なにか当たり障りのないことを言おうとしました。私は、彼女が何の本を読んでいるのか尋ねたのです。女は言いました。

 これは、遠江の国の風土記である。

 風土記に関しては、私が拙い説明をするまでもないと想います。まだ奈良に都のあった頃に編まれた、この国の各地の産物や地名の由来が記された書物です。それは記紀のように少数の手になるのではなく、時の天皇が各地の国司に命じて作らせたものだといわれています。

 ただ、それはあまりに古い時代に編纂されて、しかも最初は余り省みられることがなかったために、その殆どが失われてしまった書物です。まとまった形で残っているのは出雲や常陸などの僅か五カ国で、他は逸文という形でしか残っていない。そして遠江の国についてはその逸文すらないのです。

 学校にそうしたものに詳しい教師がいたので、私は偶々それを知っていました。

 私はきっと変な顔をしていたのでしょう。女は私を見ると、こんなことを語り始めました。

 塵野の家の先祖はかつて宮中に仕えていて、風土記の編纂にも携わっていた。遠江に所縁があった先祖は国司に協力し、土地の古老に伝わる話を集めてまとめ上げた。それは単に産物や地名の由来譚に留まらない、多分に神話の要素が含まれた文学的なものだった。

 しかしそれは他の国のそれと比較して、かなりその性質を異にするものだった。のみならず、当時の権力者にとっては都合の悪い記述も多かった。そのためその書物の存在は闇に葬られ、塵野の先祖は処罰されたのだ、と。

 彼女が話したのは、大体以上のようなこと。私がそれを信じなかったのは言うまでもないでしょう。

 実を言うとその時には、女の正体を薄々勘付いていました。親族の中に、連れ添った男から手酷い裏切りを受けて、精神を病んだ女がいると、それとなく耳にしたことがあったのです。親元を離れて親類のどこかに預けられているとのことでしたが、考えてみれば寺の敷地の中というのは色々と都合のいい場所ではありませんか。

 この女は男に裏切られて精神を病み、ありもしない一族の因縁話に取り憑かれ、挙句ありふれた書物を以って存在しない筈の書に仕立ててしまっていたのです。

 女も、そんな私の疑念を察したのでしょう。証拠とばかりにその書物を私に見せてくれましたが、それは漢字だらけで私には読むことができませんでした。私が素直にそう告げると女は、今度はその内容を声に出して読み始めました。それは、富士山の起源に関する説話でした(その時の話を基にしたのが、後でお見せする話です)。

 それ以降、私は度々その庵を訪ねました。彼女はその度にその書に記された話を読んで聞かせてくれました。それらの話自体は私にとっては荒唐無稽であったり、或いは退屈だったりする時もありましたが、不思議とその時間自体は好きだったのです。

 いえ、白状すれば、私はその奇妙な女に、異性として惹かれていたのでしょう。

 やがて戦争が激しくなると、そんな奇妙な日々も終りを告げました。まだ若い私は戦地に行くことはなかったものの、横須賀の工場で働くことになったのです。

 命の危険を感じたことは幾度もありました。が、それはあの時分、誰もが経験したことなのでしょう。私はむしろ、幸運な方であったと思っています。

 そうして終戦を迎え、私は生まれ故郷に戻ってきました。その時ばかりは、仏門の家に生まれた不満も忘れ、実家である寺に帰ることが何よりの望みでした。

 けれど、その望みは叶いませんでした。先にも記したとおり、本堂も山も、空襲で焼けてしまっていたので……。

 幸い、家族は避難していて無事でした。互いの無事を喜び合うのも束の間、私はあの女のことを思い出しました。彼女の姿はどこにもなかったのです。

 私は木が切り倒され、また大部分が焼けてしまっている山に入りました。しかし、どこをどう走っても、あの庵を見つけ出すことはできなかったのです。私はとうとう、諦めざるを得ませんでした。

 私は家族に、あの女の消息を尋ねました。隠していたとはいえ、ここに住んでいたのなら、食事の世話をしていたはず。

 けれど、あの女のことを知っている者は、誰もいなかったのです。例の精神を病んだという女も、全くの別人ということがわかりました。

 結局、彼女の正体はわからないままです。

 それから私は寺を継ぎ、普通に結婚もして、平凡だがそれなりに幸福な人生を送りました。

 けれど、私は今も考え続けています。彼女は一体何者だったのか、と。

 或いは、最初からそんな女は、いなかったのではないかと。

 何度もそう思い、けれどその度に、それを否定する気持ちが起きるのです。彼女は存在した。あの頃、あの場所に。

 彼女と、その物語は、確かに存在したのだ、と。

 死を間近に控え、私がこのような物語に手を染める気になったのも、そのためだったのかもしれません。

 

 最後に。どんな字を書くかはわかりませんが、彼女は「ウロ」という名を私に教えてくれました。物語を記すにあたり、私はそれを己の筆名に使っています。

 

 

 

「ダイダラボッチ」 

 

   1 

 

 この遠江の国がまだ生まれて間もない頃のこと。引佐の辺りに一人の巨人が住んでいた。 

 巨人は秋葉山に腰を掛けて休むことができるほどに大きく、立てばその頭が雲を突き抜けてしまう程だった。また、歩けば大抵の山は一跨ぎにすることができた。巨人は実際、並の山よりも余程大きかった。

 この上古の巨人、神話の時代の透き通るまでに晴朗な蒼空にその面貌を曝し、豊穣な大気を思うさま吸い込んで肺を満たしていた巨人を、ダイダラボッチと人々は呼んだ。

 そのような巨大な姿の人は、このダイダラボッチを除いては一人もいなかった。その頃は今よりも天地に豊かな気が満ちていて、草木や岩に到るまでよくものを言う事ができたし、獣も今より余程大きく、地上には漲る生気を持て余して荒ぶる精霊(すだま)がいくらでもあった。どこの山や川にもヌシなどと呼ばれる、何百年も何千年も生きている年経た蛇やら獣やらがいて、それらの中には山のように巨大な姿を持つ者もあった。しかし、それでもダイダラボッチほどに巨大な者は、他に誰もいなかったのである。

 人々は当然ながらこのダイダラボッチを畏れ、尊いものとして崇めた。その頃の人間はまだ地を耕すことを知らず、その生計を狩猟や採集に頼るごく原始的な生活を送っていたが、だからこそ自然に宿る精霊を素直に信じ、丁重に扱っていた。そしてそのような人々にとって、彼らと同じ姿を持ち、言葉まで話すことのできるダイダラボッチは、特に偉大な存在だった。

 なによりその巨人の姿は、とても美しかったのである。

 人々は美しくも壮麗なるその巨人こそ、遠い昔に天地を開き、この国を創った神々の一柱であると信じていた。

 

 

 この何者よりも強大な存在であるダイダラボッチは、しかし温和で、おとなしい性質だった。彼は言葉を操ることができたが、寡黙で、必要がない限り滅多に人と言葉を交わそうとはしなかった。それは、人間が困っているのを見つければ必ず手を貸さずにはおれないこの心優しい巨人が、自分の声が人間や獣にとってはとんでもない大音であること、その故にどうしても彼らを脅かさずにはおかないことを、よく知っていたからである。

 

 そんな彼にもしかし、平常の自制心を忘れ、つい声を荒げることがあった。

 それは彼から見ればはるかに小さな存在である獣や人間に、悩まされたためなどではなかった。それは彼自身の心の裡に潜み、もうずっと苦しめてきた苦悩のせいだった。

 即ち地表を這う立場の人間からみればまさに神の如き、この威容を持つ巨人にも、悩みがあったのである。

 普段は心の奥深くに押し込めているその問いがふと意識に上るその度に、巨人は苦悩する。日頃の自制も忘れ去り、声を上げて呟かずにはおれない。

 「私は一体、何者なのだ」

 巨大な身体を屈め、頭を抱えて彼は言う。

 「私は一体、どこから来たのだ。どこに行けばよいのだ」

 巨人は自身のことを、何一つとして知らなかった。気付いた時には今の場所にいたのであり、いつ、どこで己という存在が生じたものかを知らなかった。

 その前はどこにいたのか。それとも、最初からここにいたのか。一体自分は、誰の胎から生まれたのか?

 そうしたことを、何一つとして知らなかったのである。

 それは巨人を不安にさせずにはおかなかった。時に彼は不安の余り、その足で大地を強く踏みつけた。その度に大地は激しく揺れ、あとには大きな跡が残った。

 日頃はおとなしい巨人が荒ぶる様は、それを見る人々を不安にさせた。彼らは巨人を畏れてはいたが、同時に心優しい彼を愛してもいたので、苦しむ彼を哀れんだ。

 しかし、人々は巨人の苦悩を理解できていたわけではなく、病気で苦しんでいるものとばかり信じていた。彼らは巨人の苦悩の叫びを、病人の上げる意味のないうわ言だと思っていたのである。

 その頃の人々の思考は原始的で、ごく単純なものであったので、精神的な苦悩というものを知らなかった。それは当然というもので、日々の糧を得るのに精一杯の彼らに巨人の問い、今の言葉で言えば己のアイデンティティとは何ぞやという哲学的な疑問など、全く理解の範疇を超えていたのである。

 だから巨人の呟きは誰にも聞きとめられず、虚しく上古の天に消えていくしかなかった。

 「私はなぜ生まれてきたのだ」

 ……しかし巨人の言葉は、その意味こそ理解されなかったものの、人々をどこかしら不安にさせた。それは決してその時の巨人が、いつになく暴れるからということではなく、彼の苦悩の言葉が、意味こそ理解できなかったとはいえ、どことなく不吉な調子を帯びていたからだった。その足が大地を強く揺らさずにはいなかったように、病める巨人の言葉もまた原始の人々の屈託ない心を、その根源的な部分を揺さぶらずにはいなかったのだ。

 いつしか人々は、巨人が発作に苦しむ時には、その耳を塞ぐようになった。狂える巨人の放つ言葉は禁断の言葉であり、決して耳にしてはならないと強く戒められた。巨人の言葉には力がある、それは聞いた者を不幸にする呪いだと見なされたのである。

 実際、掟を破ってそれを耳にしたばかりに、巨人と同じ清浄に陥る者も現れた。そのうち幾らかは不可解なことに、自ら命を絶った。

 そうするとますますもって、人々は悩める巨人を遠ざけた。

 「……私は、なぜ、此処にいる?」

 悩める巨人の言葉は、もはや誰の耳にも入らない。

 それは原始の透明な大気の中、今よりも近かった天と地の間で、虚しくこだまするばかりだった。

 

   3

 

 それから長い年月が過ぎた。人間はいつからか大地を耕すことを覚え、集落を作って一所に住むようになっていた。

 ダイダラボッチも時には彼らを手伝って荒地を拓き、感謝されたりもした。

 しかし巨人の「発作」は相変わらず続いていた。人々がその度に耳を塞ぐのも相変わらずのことだった。

 たまに好奇心からか掟を破ってそれを聞き、頭のおかしくなる輩が出る他は、彼の苦悩の声を耳にする者はいなかったし、それを理解する者となると一人たりとて現れなかった。

 「何故、私はこの世にたった一人なのだ」

 だから彼の呟きが、或いは嘆きが、多少変化していたとしても、気が付く者はいなかった。

 「鳥も、獣も、そして人間も。それぞれ多くの仲間がいる。同類と呼べる存在がたくさんいる。彼らは男と女で別れていて、交わって、子を作る。そうして彼らは殖えてゆく。それがこの世の理であり、生き物の務めであるのだ。

 だが、この私はどうだ。私は彼らのようではない。周りのどこを見渡しても、このダイダラボッチと同じ存在は一人たりともいやしない。この天と地の間で、私はたった一人きりなのだ」

 またこんなことも言った。

 「私にはするべきことがなにもない。鳥も獣も人も、いや魚や虫に到るまで、生き物には生きるためにやらなければならないことがいくらでもある。まず、何かを食べなければしんでしまう。だから彼らはいつも食糧を得ようと奔走している。それは大変な仕事であり、彼らの一生はほとんどそれに費やされているといってもいい位だ。……しかし、私にはその必要がない。なぜなら私は、ものを食べなくても生きられるからだ。何故かは知らないが、私はその義務を免除されている」

 またこうも言った。

 「それに、彼らはいつも自分以外の何者かに脅かされている。そのためいつも周囲の警戒を怠らないし、戦いの準備に余念がない。生きるとはかくも大変なものなのだ。

 しかし、私にはその必要がない。私には敵と呼べる者がなにもない。私を脅かす者がこの世にいようか?この天が下、私を傷つけることができる者がどこにいるというのだ。……あくせく働かないでよいことは、或いは幸福なのだろう。だが、同時に不幸でもある!」

 思わず声を荒げると、辺りの山々から鳥が一斉に飛び立った。彼はそれにも気付かず続けた。

 「私には為すべきことが何一つとしてない!生きるための努力は要らず、たった一人の同胞もないから、子孫を作ることも叶わないのだ!これで私は生き物だろうか。生きていると言えるのだろうか?

 こんな大きな身体を持って、しかも為すべきことが一つもない。では、私は何のために生まれてきたのだ?何のために存在するのだ。私は、一体、何者なのだ!」

 巨人は天に向かって叫んだ。そこに、訴えるべき相手がいるとでも言うように。

 人間には想像もつかないほどの長い時間を、巨人は苦悩と共に生きてきたのだった。それは時が経つほどに深くなるばかりで、彼を苦しめ続けてきたのである。

 彼は変わらずおとなしい巨人だった。しかし苦悩が深まるにつれて塞ぎ込む時間は多くなり、「発作」の回数も増えていった。そんな時は叫び出すこともままあった。

 そうなると、いくら普段はおとなしい巨人であったとしても、人々は彼を荒ぶる神としてしか見ないようになった。あからさまに拒絶することこそないものの、敬して遠ざける態度をとるようになった。

 ある日、ダイダラボッチは山の中で、伐り倒した巨木を運んでいる人々を見かけた。難儀しているのを見かねて手助けしようと申し出ると、樵達はそれを頑なに拒んで言った。

 「貴方様のような尊いお方の手を煩わせるなどと、そんなことが許されるはずがありません。そんなことが知れたら、私達はきっとお叱りを受けることでしょう」

 ダイダラボッチは賢かった。だからそれが彼らの遠慮からの言葉ではないことをすぐに理解した。その怯えた目つきに、巨人は彼らの拒絶の意思を見て取った。巨人は黙って引き下がった。

 この些細な出来事は、彼をうちのめした。聡明な彼には、それが無理もないことだと理解することができた。自分のような存在は、人間にとっては脅威以外の何者でもない。それもおとなしいならばまだしも、しょっちゅう訳のわからないことを呟いては、狂ったように咆える様を目にしていれば、恐れられてむしろ当然というものだった。

 彼はそうやって自身を納得させたが、痛手であることには変わりはなかった。この世界に、自分と同じような存在は一人もいはしなかったけれど、それでも自分と同じような姿かたちの人間というものがいて、言葉を交わすことができた。そうして寂しさを紛らわし、耐え忍ぶことができたというのに……。

 それももう、叶わない。絶対の孤独に追いやられたことを彼は悟った。そして自身を呪った。それは人間達のせいではなく、彼自身の愚かさが原因だった。

 巨人は自棄になった。何もかもが嫌になった。

 「乱暴者だというのなら、その通りに振舞ってやろうじゃないか!」

 こう言い放ち、彼は己が寝床にしてきた秋葉山を殴りつけた。すると山は大きく揺れた。轟音が響き渡り、地面もまた大きく揺れた。鳥は騒ぎ、獣達は逃げ出し、人々も恐れた。

 そんなことを仕出かしながら、巨人の心もまた痛んだ。自棄になってはいても、彼は理性を完全に失っていたわけではなかったのである。残った理性が罪の意識を感じ、責め苛んだ。罪悪感が募るばかりで、一向に気は晴れなかった。

 それでも止めることはできなかった。彼自身にも、どうしようもなかったのである。

 悲しい気持ちのまま、もう一度殴りつけようと手を振り上げた、その時だった。

 『ダイダラボッチよ』

 どこからともなく声が響いた。

 『ダイダラボッチよ、やめるのだ。私の子供にそのような真似をすれば、いくらお前とて罰を与えねばならないぞ』

 彼は辺りを見回した。しかしこれ程はっきりと聞こえるというのに、声の主の姿はどこにもなかった。

 最後に彼は、頭上を見上げた。考えられないことではあるが、彼にはその声が、自分より高い場所から聞こえてきたように思えたのである。

 「貴方は何者だ。私に罰を与えるという貴方は?」

 すると『声』は言った。

 『ダイダラボッチよ。私は大山祇神(おおやまつみのかみ)、この国の全ての山の神である。だから前を諌めるのだ』

 ダイダラボッチは驚いて言った。

 「山の神?では貴方が、この秋葉山の神なのか」

 『そうではない、巨人よ。私は確かに山の神だが、この秋葉山の神というわけではない。この山は私の子供なのだ』

 「この山の親だと言う貴方は、ではどこの山の神なのだ」

 『お前は思い違いをしている。私はどこか特定の山の神というわけではないのだ。私はこの国の全ての山を治める神なのだ。いわば、山という概念そのものなのだ。そうした意味で私は、この国の全ての山にとっての親なのだ』

 「概念?」

 その話は彼の理解を超えていた。そんな彼に声は言った。

 『例えば、お前は「木」とはどんなものかと問われた時、お前の知っている特定の木を想像するだろうか?あるいはそうかもしれない。お前がその目で見て、指で触れて知っている特定の木を思い浮かべるかもしれない。だがお前はそうした特定の木から離れて、お前の知っている個々の木を離れた抽象的な「木というもの」を想像することができる。ダイダラボッチよ、この抽象的な「というもの」が概念なのだ」

 彼は少しわかりかけた気がしたが、その理解はやはり曖昧なものだった。声はさらに説明を続けた。

 『ダイダラボッチよ。お前はこの辺りにある木のことは大体見て知っているだろう。お前がそれらを木だと知っているのは、その目で見て、触れて、それが木だと知っているからだ。だが、例えばお前が行ったこともない遠方の地に行ったとして、その地で今までに見たこともない珍しい木を目にしたとしよう。その時、お前はその木の名前を知らないわけだが、それが「木」だということはわかるだろうか?』

 「もちろん、わかるに決まっている」

 『では、なぜそれがわかるのだ?お前はそれを初めて目にしたというのに。なぜ、それが木の一種だとわかるのだ。……ダイダラボッチよ、それはお前が、「木」とはどんなものかを知っているからだ。「木の本質」を理解しているからなのだ。お前が見て、触れて、知っている個々の木を離れ、抽象化して、その概念を知っているからなのだ。だからそれまでに見たことのない種類の木であっても、それが「木」であることを悟ることができるのだ』

 ダイダラボッチは、また少し自分の理解が増すのを感じた。そして更に例えを請うた。

 『ここに桜、杉、猪があったとしよう。この中で一つ、違うものがあるとしたら、それは何だ?』

 「猪だ」

 『それは何故だ?たしかに猪は桜とも杉とも違う存在だ。だが、桜と杉とて同じものではない、違うものだ。何故お前は、猪だけを除いたのだ?』 

 「それは……猪だけが、木ではないからだ」 

 『その通りだ。この三者はそれぞれ別のものだが、桜と杉は「木」という性質が共通している。つまりお前は杉の木と桜の木のそれぞれの特性を離れて、「木」という両者に共通する性質を言い当てたのだ。これはつまり、お前が「木」の概念、本質を理解しているということなのだ。「木」という言葉の意味を、知っているということなのだ』

 「わかりました」

 もともと聡明な上、長らく苦悩していたダイダラボッチは、その説明で正しく理解することができた。長い思索の日々で、彼には抽象的なことを思考する能力が備わっていたのである。

 「しかし、オオヤマツミノ神よ。貴方は山の概念そのものであり、故に全ての山の神だと仰った。概念が個々のものの親であるとは如何なることなのですか」

 『それは、この世の物事というものは全て、それについての概念が存在しなければ生じ得ないものだからだ。先に私はこう言った。木の概念とは木の本質であり、すなわち「木」という言葉の意味そのものであると言った。ダイダラボッチよ、『言』は『事』に等しいのだ。「木」という『言葉』はすなわち、「木」という『事象』が生じうる。これは木のみならず、全てのことがそうなのだ』

 「オオヤマツミノ神よ、わかりました。『山という言葉』の意味、つまりは山という概念そのものである貴方があって始めて、『山という事象』がこの世に生じるということなのですね」

 『その通りだ、巨人よ。その昔、御祖神がこの大八洲国を御産み給うたその時、この国には何もなかった。人や獣はもちろん草木もなく、それどころか山や谷、沼や川もなかった。大地には起伏がなく、ただ平らな地面ばかりがどこまでも広がっていたのだ。

 御祖神はそれを物足りなく思われた。そこで夫婦の交わりをし、数多の御子神を産み落とされた。それは有形の物ではなく、形のない「概念」としての神だったのだ。彼らが誕生したことによって、この世に様々な事象が生じた。木の神であるククノチが生まれたことによってこの世に樹木が生じ、草の女神であるカヤノヒメが生まれたことで草が生じた。

 かくいうこの私も、その内の一柱であった。山の概念たる私が生じたことで、この国に山という事象が生じた。その意味で、私はこの国の山の祖なのだ。そして、他ならぬお前の祖であるのだ』

 「何ですって!」

 唐突な言葉に、ダイダラボッチは我が耳を疑った。そんな彼にオオヤマツミノ神は訝しげな声音で言った。

 『何を驚くのだ、ダイダラボッチよ。全ての山は私の子であると言った筈だ。であれば、お前も私の子供に決まっているではないか』

 彼はせっかく理解しかけていた事柄があっけなく瓦解していくような心地になった。相手が全ての山の親であることと、故に自分の父親であるということがどうしても結びつかなかった。自分が理解していたと思っていたことが、根本から間違っていたのではないかと疑った。

 喘ぐように彼は言った。

 「一体、それはどういうことなのですか。山の御祖神である貴方が、どうして私の親ということになるのですか」

 『わかりきったことだ。ダイダラボッチよ、それはお前が山だからだ。山となる運命を持って生まれてきたからだ』

 巨人はその言葉に衝撃を受けた。予想だにしないことだった。自分が、山となるために生まれてきた?

 そんな彼を見て山の神は言った。

 『おかしなことだ。ダイダラボッチよ、お前は忘れてしまったというのか。己の出自を、生まれてきた意味を?

 ならば改めて話して聞かそう。

 先にも言ったように、昔この国には何もなかった。そこに様々な概念たる神々が生まれたことで、この国に様々な事象が生じた。そして、この国に山が生まれた。

 それはこのようにして生じた。私という概念が生じたことで、大地の気が凝り集まって、この国に山が生じた。しかしそれは最初から今のような山だったわけではなかった。凝り集まった大地の気は、最初は人の形を取ったのだ。人の形を取りながら、山の如く大きなもの。即ち、巨人であった』

 ダイダラボッチは息が止まるほど驚いた。同類などいないとずっと昔から思っていたのに、かつては自分と同じ巨人がいたのだと知って。

 息せき切って彼は尋ねた。

 「どこに……。彼らは、どこに行ったのですか。どうして、今はいないのですか」 

 『だから言っているではないか、ダイダラボッチよ。彼らは山となったのだ。お前の周りにいる山、その全てがかつてお前と同じ、巨人であったのだ』

 今度こそ、彼は言葉を失くした。

 自分と同じ存在などいない。言葉は交わせても自分は所詮人間とは違う。この世に一人ぼっちだと寂しく思っていた。

 そうではなかった。自分の周りに、いくらでも仲間はいたのだ。

 『まだ人間が生まれる前のこと、この国には巨人の姿が溢れていた。その殆どはお前ほどではないが、高い背丈を持っていた。巨人達は皆、山となるべく産まれたからだ。

 この国に生れ落ちてすぐ、巨人は移動を始めた。彼らにはそれぞれ別々の、行くべきところがあったからだ。平坦な地面を埋めて、この国に起伏をもたらすのが巨人達の役目だった。その身体に木や草を茂らせ、鳥たちや獣たちの住処になる為に、お前達は産まれたのだ。

 そうして産まれたお前達は、自らの寝む場所を探して移動を始める。空を舞う鳥が羽を休める場所を求めるように、獣が安全な塒を求めるように、巨人達もまたそうするのだ。そして自らの本能が導く場所に着いた時、巨人はようやくそこに留まる。腰を下ろすか、横たわるか、その休み方は様々だが、各々好きな体勢でそこでまどろむ。

 眠る巨人はやがて大地と溶け合い、ついには一つとなる。その身体には草が生え、木が生じ、やがて豊かな森となって生き物を呼ぶ。彼ら、彼女らはこうして山となるのだ。この国の山は全て皆、このような巨人達であったのだ』

 ダイダラボッチは圧倒され、涙を流し、嗚呼と声を上げるのがやっとだった。

 彼は一人ではなかった。そして今こそ、己の生まれてきた理由を悟ったのだ。苦悩の日々はいま、終りを告げた。

 歓喜のままに彼は叫んだ。

 「オオヤマツミノ神よ。父神よ。それでは私もそうなのですね。私もまた貴方の子であり、山となるのですね」

 『その通りである。吾が子よ』

 「父神よ。では、私もまた私の同胞と同じように、何処かの定められた土地に赴けばよいのですね。この国に残された平坦な土地、山によって埋めるべき場所を探して、そこに憩えばよいのですね。その時こそ私は山となり、果たすべき役目を果たせると」

 『その通りである。しかしダイダラボッチよ、それは平坦な土地であればどこでも良いというわけではないのだ。お前にはお前の赴くべき定められた場所があるのであり、その場所を除いてはお前は山と化すことはできない。何故と言えば、この国には山や谷ばかりではなく、平坦な土地もまた必要であるからなのだ』

 「それでは、私の定められた場所とは何処の地なのでしょうか」

 彼の問いに対する父神の答える声には、初めて困惑めいたものが交じった。

 『そのことだが、吾が子よ。……奇妙なことに私の知る限り、この国にはもはや埋めるべき平坦な土地は残ってはいないはずなのだ。そのような土地には既に別の巨人が入り、山となって眠りに就いている。だから本来この国にはもう、巨人は残ってはいないはずだったのだ。だからこそ私も今までお前の存在に気が付くことができなかったし、お前を見てとても驚いているのだ』

 ダイダラボッチはその言葉に、彼の父親以上の戸惑いを覚えた。長い彷徨の末に漸く見つかったかに思えた光明が、俄に不吉の雲が差すのを感じた。

 「では、私はどうしたらよいのですか」

 縋るような声で彼は言った。

 「私は何処に向かえばよいのでしょうか」

 返ってきた答えはしかし意外なものだった。

 『吾が子よ。それは本来、おかしな問いであるのだ。お前のように山となるべき巨人は誰に教わらずとも、己の行くべき場所を知っている筈なのだ。飛来する鳥が過たず故郷に帰るように、海に出た魚が必ず産まれた河に戻ってくるように、それは本能としてお前達に備わっているのだ。かつてこの国に存在した巨人達もまたそうであり、彼らは誰にも教わらずして自らの寝むべき場所を見出したのだ。

 ダイダラボッチよ、お前は不思議な存在だ。聞けばお前はこの世に生じて以来、もう長いことその姿のまま在り続けているというではないか。そのような巨人の存在を、私はかつて知らない。お前は普通の巨人よりもよほど大きな身体を持っているし、何か特別な運命を負っているのかもしれぬ』

 父神の言葉にダイダラボッチは、自分が責められているような気になった。行くべき場所を知らない、知っている筈のことを知らない、半人前の巨人だと。

 特別な運命などいらない、自分の行くべき場所を知っている、普通の巨人でありたかった。切実にそう思った。

 「私は、どうすればよいのでしょうか」

 『吾が子であるダイダラボッチよ。お前が行くべき場所は私にもわからない。それはおまえ自身が思い出すほかはないのだ。

 しかし少なくともこの地には、お前の寝むべき場所はない。だからダイダラボッチよ、お前は旅に出るのだ。今はまだわからなくとも、この豊葦原の国を経巡るうちに、お前はその土地の存在を感じ取るはずだ。その土地をその目で見さえすれば、それが他ならぬお前の場所だとわかるはずだ。

 ダイダラボッチよ。お前は旅に出なければならない』

 父神の言いつけに従って、巨人は旅に出ることに決めた。人間であるならともかく、自分なら随分早くそれができるだろうと思えた。

 こうして、ダイダラボッチは旅に出たのである。

 

   4

 

 彼はまず西へと向かった。ずっと昔に里の人間から聞いた話で、西の方にずいぶんと広い平らな土地(今の濃尾平野か)があると聞いていたからである。広い土地なら、そこに自分の留まるべき場所があるかもしれない、そう思ったのだ。

 途中喉が渇いた彼は、大きな淡海(湖)を見かけて喉を潤した。これは今の浜名湖である。

 しかしそうやってたどり着いた平らな土地は、彼の住処ではないようだった。その地に足を踏み入れてみても、彼は何も感じ取ることができなかった。

 「ここではない」と巨人は思った。そして「では、どこへいくべきなのか」と悩んだ。

 そこに到るまで、彼は見かけた主だった山々に声を掛け、その話を聞いていた。それに拠ると、この豊葦原の瑞穂の国の各地には、人間達から特別な信仰を捧げられている特別な山々があるという。それは他の山に比較して格別に背が高かったり、秀麗であったり、特別な気を放っていたりと、理由は様々だが崇められる然るべき理由があるからだという。

 そしてそうした霊威ある山々は概してよく物を知っており、古今の事情に通じている。だから物を尋ねるなら、そうした山に頼むといい、とのことだった。それはもっともな進めであったので、巨人はそれに従うことにした。

 まず彼は大和を目指し、西に向かうことにした。大和の地は開けていて、人間が大勢住んでおり、三つの特別な山を崇めているのだと聞いたからである。

 しかし大和の国に入っても、彼はそれらしい山を見つけることができなかった。人間達を脅かさないようにできるだけおとなしく尋ねると、ようやく彼はその特別な山々を見つけることができた。即ち、天香山、畝火山、耳梨山である。

 しかしその姿をその目で見ても、彼にはその三山が特別な山々であるとは、俄には信じられなかった。巨人である彼にとって、その山々はとても低く見えたのだ。

 彼はそう思い、つい声に出して言ってしまった。

 「これが名高い大和の三山なのか。これなら、私の住んでいた山の方がよほど背が高いではないか」と。

 するとそれを耳にしてか、三柱の女神が姿を現した。

 最初に彼から見て真中の位置に座す、一番手前の女神(耳梨山)の女神が言った。

 『なんと無礼な輩でしょう、この巨人は。この国に突然姿を現して、挨拶もせずに、私達を侮蔑するとは』

 次に彼から見て右に位置する女神(畝火山)が言った。

 『どうも田舎から来たようだから、礼儀を知らないのでしょう。この野卑な巨人は』

 女神達の言葉に彼は恥じ入った。全く相手の言うとおりだったし、女神達の姿を見て気後れしていた。彼女達は、誰もが彼が今までに見たこともない美しい衣を纏った、見るからに尊さを感じさせずにおかない、麗しい女神であったからである。

 巨人は己の非礼を詫びて言った。

 「申し訳ありませんでした、世にも尊い三柱の女神よ。仰る通り、東から出てきたばかりで、ろくに礼儀を知らないのです。どうかお許し下さい」

 『顔を上げなさい、東方から来た巨人よ』

 最後に言ったのは、彼から見て左に位置する女神(天香山)だった。他の二柱の女神の怒りはまだ治まっていなかったが、この女神は優しく巨人に言った。

 『彼女達は、貴方があまりに背が高いものだから、嫉妬しているのです。そんなに気に病むことはありません。それで、貴方は何故この地に来たのですか』

 巨人は改めて謝意を告げると、言った。

 「私は、自分が赴くべき場所、山となって寝むべき場所を探しているのです。三柱の女神よ、この国に私のあるべき場所はあるでしょうか」

 すると耳梨山の女神が答えて言った。

 『東方から来た巨人よ、この大和の国にはお前の寝むべき場所はありません』

 「それでは、この国の近くにはあるでしょうか」

 今度は畝火山の女神が答えて言った。

 『ダイダラボッチよ、この国だけではなく、この辺りのどこにもお前の行くべき場所はありません』

 これを聞くと、巨人は肩を落とした。消沈する彼に天香山の女神が言った。

 『巨人よ、貴方は自分が山となるべき場所を探しているといいましたが、貴方には自分でそれがわからないのですか』

 彼は気恥ずかしさを覚えつつ言った。

 「はい。私にはわからないのです」

 『どうしてわからないのですか』

 「どうしてわからないのか、それも私にはわからないのです」

 これを聞くと、残りの二柱の女神はおかしげに笑った。天香山の女神はそれを諌めて言った。

 『およしなさい、姉妹達よ。相手の事情もわからぬのに嘲ることは、思慮の足りない振る舞いですよ。

 貴方も顔を上げなさい、東方の巨人よ。恥ずかしがることはありません。貴方がそれを知らないのは、もしかしたら貴方が特別であるからかもしれないのだから。ところで、貴方はまだ旅を続けるのですか』

 巨人は女神に感謝して言った。

 「はい。自分の留まるべき場所を見つけるまで、私は旅を続けるつもりです」

 『それでは、もしも伊予の国に行くことがあるなら、天山(あめやま)に会うとよいでしょう。その時は、私が宜しく言っていたとお伝え下さい』

 巨人は快く頷いた。

 三柱の麗しい女神の姿は消え、彼は再び旅を続けることにした。

 

   5 

 

 その足で海を渡って四国の土を踏むと、ダイダラボッチは天香山の女神の助言に従い、西進して伊予の国(愛媛県)を目指した。 

 探してみると、天山は伊予の平地に佇む背の低い山だった。しかし巨人は注意深く観察し、それが霊威のある尊い山であるのを見た。それで天山を敬意を払い、畏まって言った。 

 「私は東の国からやってきたダイダラボッチです。貴方は天山の神でしょうか。大和の国の天香山に紹介されてやってきました」 

 すると山の女神は答えていった。

 『あなたの仰るとおり、私が天山の神です』

 その姿を見て、ダイダラボッチは驚いた。その女神の姿は、大和の天香山の女神に、瓜二つだったのである。

 「天香山の女神が、なぜ此処におられるのでしょうか」

 女神は首を振った。

 『私は天香山ではありません。私たちが似ているのには訳があります。というのも、私と彼女はかつて、二人で一つの存在だったのです。しかしやむをえない理由があって、今のように二人に別れたのです。こうした次第で、元々一つであったために、今も私達は互いに似ているのです』

 巨人はまた驚いて言った。

 「どうして二人に別れたのですか」

 『それは、私たちには赴くべき場所が二つあったからです。大和の国と、この伊予の国です。この二つの地を埋めねばならなかったので、私達は二人に別れたのです』

 聞いたこともない奇異な話に、巨人は言葉を失った。そんな彼に女神は言った。

 『東の国から来た巨人よ。貴女は天香山に会ったということでしたが、彼女は息災でしょうか』

 「はい。貴女に宜しく伝えてほしいと仰っていました」

 『それはよかった。それで、貴方はどんな目的で旅をして、私を訪ねてこられたのですか、巨人よ』

 「実を言うと、私は自分が赴き、そこで山と化して寝むべき場所を探して旅をしているのです。尊い天山の女神よ、この伊予の国に私がその身を休らえる場所はあるでしょうか」

 しかし女神は首を振って言った。

 『巨人よ。残念ながらこの国には、貴方の休らえる場所はありません』

 「それでは、この四つの国から成る島(四国)のどこかにはあるでしょうか」

 『巨人よ。残念ながらこの四つの国のどこにも、貴方が山と化すことのできるような、広く平坦な土地はありません』

 ダイダラボッチはそれを聞くと落胆し、嘆いて言った。

 「一体私は、どこに行けばよいのだろう?」

 落胆する巨人に女神は言った。

 『貴方は筑紫(九州)に渡り、(ひの)(くに)(肥前・肥後)に座す阿蘇の山を尋ねなさい。貴方の背はとても高いが、阿蘇の山は更に大きい。きっと貴方の助けになることを教えてくれるでしょう』

 巨人は厚く礼を述べ、筑紫に向かった。

 

   6

 

 海を跨いで筑紫に入ったダイダラボッチは、真直ぐに火国を目指した。これは今の肥後の国(熊本県)である。

 しかし国の有り様を見るに、見渡す限りに野が広がるばかりで、人の姿がどこにもない。そこで彼は思わず漏らした。

 「一体この国に人がいるのか」

 するとそれを聞きつけて、思いがけず反論する声があった。

 『私の裾を勝手に踏みつけているばかりではなく、この国に人がいないなどというのは、なんと失礼な巨人だろう。ここにアソツヒコとアソツヒメがいるというのに』

 見るといつのまにかそこには、男神と女神の二柱の神が立っている。巨人は彼こそが阿蘇の山の神であろうと思い、非礼を詫びていった。

 「貴方達のような神々がおいでになるのも知らず、失礼なことを申し上げました。しかし、私が貴方の裾を踏んでいると仰せになったのはどういうことでしょうか。私は阿蘇の山にはまだ、足を踏み入れていないというのに」

 『巨人よ、お前の目は節穴なのか。お前は私の頂を遠くに見て、それを私だと思っているのだろう。しかし、そうではないのだ。お前の足元はもう、阿蘇の山の一部なのだ』

 ダイダラボッチは己の足元を見下ろした。そして、男神の言葉の正しいことを知った。彼が平らだと思っていた台地は、緩やかな隆起になっていたのである。

 巨人はそれを知って慌てて跳び退ると、阿蘇の山の壮大な様に改めて感嘆した。

 「重ね重ね失礼な真似を致しました。この阿蘇の山のような、広大な山を今までに一度も目にしたことがなかったもので、気が付かなかったのです。どうかお許し下さい」

 男神は機嫌を直し、大いに打ち笑って言った。

 『そうかそうか。それなら仕方がないというものだ。私たちのような巨大な山は二つとないからな。ところで、お前は一体なんの為にこの地に来たのだ』

 「私は己が赴くべき場所を探しているのです。阿蘇の山の神よ、この国に私が山となって寝むことのできる場所があるでしょうか」

 男神は傍らの女神と言葉を交わすと、気の毒そうに言った。

 『残念ながら、この国にはないようだ』

 「それでは、この筑紫のどこかならあるでしょうか」

 『お前には気の毒だが、ないようだ』

 この国の西の果てまで来ても自分の場所が見つからないことに、巨人は落胆した。この大八州の国のどこを探しても、自分が行くべき場所はないようにも思えた。

 そんな彼に、今度はアソツヒメが言った。

 『元気をお出しなさい、巨人よ。貴方の身体はとても大きい。であれば、それに見合うような広大な地がそうそうないのは当然のこと。しかし、広大であればそれだけ目にはつきやすいというもの。焦らなくとも、いずれ必ず見つかることでしょう。

 貴方は大きいから、きっとそれに見合う巨大な山となるでしょう。貴方が自分の行くべき場所を知らないというの、それはおそらく運命なのです。なぜなら、大いなる物事が成就する前には、大きな試練があるものですから』

 『まったく妻の言うとおりだ。私たちほどではないが、お前の身体はとても大きい。この筑紫には私達を始めとして、高千穂の峰や桜島といった大きな山が沢山あるから、とてもお前が横たわるような土地はないのだ』

 ところでこの時、巨人は疑問を抱いた。彼はそれを聞いた。

 「偉大なる巨躯を持つ阿蘇の山の神よ。貴方達にお聞きしたいことがあるのです」

 『なんなりと問うがよい、巨人よ』

 「男神よ。貴方が阿蘇の山の神であるのなら、貴女の妻であるアソツヒメは、何処の山の神なのですか」

 アソツヒコはそれを聞くと笑っていった。

 『巨人よ。お前は思い違いをしている。私はもちろん、妻もまたこの阿蘇の山の神なのだ。この阿蘇の山は、私と私の妻より成るのだ』

 ダイダラボッチは大いに驚いて言った。

 「それでは、一つの山に二柱の神がいるのですか」

 『それは正しくない言い方だ。一つの山に二人の神がいるのではない。我々は、二人で一つであるのだ。巨人よ、だからこの阿蘇の山はこれ程までに大きいのだ』

 その話はそれまでの認識から大きく外れたことではあったが、巨人は素直にそれを受け入れることができた。この阿蘇の山がこれ程までに大きいのであるから、そこには特別な理由があって然るべきと思えたのである。

 最後にアソツヒメが言った。

 『加賀の白山(はくさん)をお訪ねなさい。あの山の女神もまた、特別な山です。とても偉大な女神で、古き事々をよく知っています。きっと貴方のことも何かご存知でしょう』

 言い終わる頃には、男女二神の姿は見えなくなっていた。彼は感謝を告げ、一路加賀を目指した。

 

   7

 

 ダイダラボッチは筑紫から海峡(関門海峡)を渡って本州に渡り、北に面した海(日本海)を沿って歩いた。加賀は遠く、喉が渇いたので、途中の近江のくにで淡海(琵琶湖)の水を掬って飲んだ。

 更に東へ進み、加賀に入った巨人はすぐに目当ての白山を見つけることができた。その山は周囲の山々の中でも際立って大きく、また秀麗であったからである。

 畏まって彼は声を掛けた。

 「私は遠江の国から来たダイダラボッチです。貴方が白山の女神でしょうか」

 その声に答える声があった。

 『いかにも、私がこの山の女神である白山(しらやま)比売(ひめの)(かみ)です。遠いところをよく来られました』

 その清らかな声に目を上げると、そこにはこれまでに見たこともないような神々しさを放つ女神の姿があった。彼はその様に圧倒され、目が潰れるのではないかとさえ思われた。

 思わず萎縮する彼に、しかし女神は親しげに言った。

 『それにしても、まるで初めてお会いしたかのような口ぶりなのですね。以前に一度お会いしたというのに』

 それは彼を責めるものではなく、からかい半分の言葉だった。彼にもそれが、親密さの現れであることはわかった。

 それでも女神の言葉は彼にとって、不可解なもの以外の何物でもなかった。彼の方では一度たりとて、この麗しい女神に会った記憶はなかったのである。

 「待ってください。貴女は、私が以前に貴女とあったことがあると仰るのですか」

 『おかしな言い方ですね。随分と昔のことですが、たしかにお会いしたはずですよ。その時も今日と同じように、貴女が私を訪ねてこられたのです。覚えてはいませんか』

 巨人は困惑せざるをえなかった。

 「それはいつごろのことですか」

 『もうずっと昔です。人間達がまだ、この世に生まれて間もない頃だったとおもいます』

 「一体、その時私は、何のために貴女を訪ねてきたのでしょうか」

 『貴方は自分が眠りに就くべき場所を探して旅をしておられたのです。その手がかりを求めて、私の許を訪ねてこられれたのです』

 彼の困惑は一層深まった。女神の語ったそれは、まさに彼の旅の目的と同一であったからである。

 しかし彼には本当に、一切覚えのないことだった。そもそも記憶にある限り、この旅に出る以前には彼は、遠江の国を一度も離れたことがないはずだった。

 「白山比売神よ。私は嘘は吐いてはいないと誓います。その上で申し上げるのですが、私には貴女にお会いした記憶がないのです。それは本当に、私だったのでしょうか」

 『そうであったと思います。けれどもしかしたら違うのかもしれません。先にも言ったとおり、ずっと昔のことですから』

 「女神よ、それを聞いて私は安堵を覚えます。身に覚えのないことを指摘されるのは、気味の悪いことですから。……けれど、実を言うと私の不安は完全には拭われていません。なぜなら貴方が先に仰った、その何者かの旅の目的というのが、全く私のそれと同じであるからです。一体、こんな偶然があるものでしょうか」

 ダイダラボッチは、どうしても疑念が捨てきれなかった。彼はその正体のわからない巨人が自分ではないということを信じていたが、同時にそれと同じくらい、その巨人が自分と無縁の存在ではないということを信じていた。

 すると女神は言った。

 『そうですか。それならやはり、それも貴方だったのでしょう』

 彼の混乱は頂点に達した。

 記憶にある限り、彼は確かに生まれ故郷を離れたことはなかった。当然加賀を訪れたこともなく、この女神に会えたという道理もない。

 しかし女神はたしかにこの地で、自分と会ったのだという。

 一つだけ、彼は可能性を思いついた。彼には遠い過去についての記憶がない。気が付いた時にはあの遠州の地に、今と同じ姿で住み着いていたのであって、自分がどのように生まれてきたかという記憶がないのだ。そしてこれまでは、それが自分にとっての最初の記憶だと思っていた。

 だが、そうではないのかもしれない。彼はそう考えた。あの遠州の地で正気づく前も自分は存在していて、何らかの活動をしていたのかもしれない。ただその記憶を失ってしまっているだけで……。

 そして、その過去の自分もまた、今の自分と同じ目的で旅をしていたのだ。かつての自分と同じように、己の存在に疑問を抱き、やがて己の宿命を悟って旅に出たのだ。そして各地を彷徨い、自分が赴くべき場所を探し、この加賀の地にもやってきた。ちょうど、今の自分と同じように。

 その想像は彼を戦慄させた。自分という存在、この上なく見知っていると信じていた己自身に、全く把握されていない過去があるという事実。いや、その可能性。それは、あたかも己の中に全く見知らぬ他者が棲みついているとでもいうような、薄気味の悪い想像だった。

 それよりもなお不気味なのは、自分が……そんな、いわば別人とでもいうべき己の足跡を無意識になぞり、忠実に再現しているらしいことだった。それはかつて経験したこともないほどの恐怖を彼にもたらした。

 自分は過去の出来事を一切忘れ去り、それでいて忘却した過去と全く同じ行動を繰り返している。それはどこまでも無意味で、道化の振る舞いよりもよほど滑稽だ。狂気の沙汰だ。

 ……それどころか、もしかしたら自分は、一度どころかもう何度も、全く同じことを繰り返しているのかもしれない。己の運命の地を探す旅に出る毎に、その記憶を悉く忘れ果ててしまうのなら、何度繰り返していたって全然おかしくはないではないか。まるで何者かに操られているように、同じことを繰り返す堂々巡り……。

 いや、そんなことがあるはずはない。彼は不吉な妄想を振り払った。もしもそんなことがありえたとして、何度も同じことを繰り返していたとしたら、行く先々で顔を覚えられているはずだった。だが今の所彼を覚えていたのは白山比売のみ。そしてこの女神にしても、何度も顔を合わせていたなら、もっとはっきりと自分を覚えていてくれたはずなのだ。

 しかしそれでも、これが二度目ではないという証拠はない。そこで彼は白山比売に問うた。

 「清らかなる白山の女神よ。その、私に似ていたというその巨人は、この地で安息の場所を見つけたのでしょうか」

 『いいえ。かの巨人はこの地に安息の場所を持ちえませんでした』

 「それでは、この私の居場所はあるでしょうか」

 『いいえ。残念ながら貴方のあるべき居場所も、この地にはありません』

 「そうですか。もう一つお訪ねしますが、その巨人は貴女の下を去った後、どこに向かったのでしょうか?」

 『ダイダラボッチよ。かの巨人はこの地を去り、東にある浅間山の元に向かいました。私がそれを薦めたのです』

 彼は礼を述べ、白山比売の元を去った。

 

   8

 

 信濃の国と上野の国の境にあるという浅間山を彼は訪ねた。浅間山は白山にも引けを取らないほどの、背の高い立派な山だった。

 しかし彼がその山の麓に着いたとき、浅間山はその頂から火を噴き、煙を吐き出して荒ぶっていた。ダイダラボッチは荒ぶる神を畏れの気持ちを抱いたが、勇を鼓して語りかけた。

 「偉大なる浅間山の女神よ。私はダイダラボッチです。安住の地を探して旅をしている者です。それにしても、なぜそのように荒ぶるのですか」

 浅間の神は答えて言った。

 『偉大な山が誕生しようとしている。それは私よりも、よほど背の高い山だ。その時はもう間近に迫っている。私はそれが悔しくて、このように火を噴いているのだ』

 「貴女よりもよほど背の高い山?私は各地を旅してきましたが、貴女のような背の高い山は滅多にありませんでした。なにかの思い違いではないでしょうか」

 巨人はそのように宥めようとしたが、女神はますます盛んに火を噴いた。そして言った。

 『お前がそれを言うのか、ダイダラボッチよ。新しく誕する山というのは、お前のことに他ならぬというのに』

 その言葉に彼は大いに驚いたが、相手の思い違いだと思って言った。

 「失礼ながら、貴女はなにか思い違いをされているのではないでしょうか。たしかに私は山となるべく、それと定まった場所を求めて旅をしていますが、貴女より大きくなることはないでしょう。なぜなら、私は貴女より背が低いからです」

 『いや、お前だ。間違いない』

 頑なな女神の態度に、諦めて彼は言った。

 「以前に、私は貴女と会ったことがあるでしょうか」

 『いいや、お前と会ったのはこれが初めてだ』

 巨人は戸惑いを覚えた。

 「それは間違いないことなのですか。私は覚えていないのですが、加賀の白山比売がかつて私に、貴女を訪ねるように薦めたと言っていたのです。ずっと昔に、私が訪ねてきたことはありませんか」

 『たしかに、そのようなことを言っていた巨人にかつて会ったことがある。それはたしかにお前に瓜二つだった。しかしそれは似ているというだけで、お前とは違う巨人だ』

 その言葉を耳にして。

 彼には、不意に、思い当たることがあった。彼はその謎の巨人の正体を、その真実を理解した。

 息せき切って彼は問うた。

 「その巨人は、私に瓜二つだったというその巨人は、それからどこに向かったのでしょうか!」

 『常陸の国の筑波山を訪ねるように私が薦めた』

 浅間山の女神に礼を言い、彼は慌ただしく去った。

  

   9 

 

 彼が矢のように走ると、瞬く間に常陸の国に着き、筑波の山を探した。筑波の山は二つに分かれており(男体山と女体山)、それぞれが男神と女神を表していた。

 しかし筑波の山は阿蘇のようには大きくはなかった。それは男女が分かれているためだろうと彼は思った。

 姿を現した二神に彼は尋ねた。

 「私はダイダラボッチです。筑波の山の二柱の神よ、かつて私とお会いしたことはありませんか」

 すると男神が答えた。

 『いいや、巨人よ。お前とかつて会ったことはない』

 「それでは、私に似た巨人に会ったことはありますか」

 『巨人よ、私達は貴方に似た巨人に会ったことがあります』

 今度は女神が答えた。確認の為に彼は再度聞いた。

 「それはたしかでしょうか。本当に別の巨人だったのでしょうか」

 『たしかなことだ。何故なら……』

 男神の後を引き継ぎ、女神がこう言った。

 『……その巨人は、女神だったのですから』

 彼の考えは、いまや確信に変わった。巨人は急いで尋ねた。

 「その巨人はどこに向かったのでしょうか」

 『ここより西の地、駿河の地の奥深くに、その巨人が留まるべき場所がある。彼女にそれを伝えると、かの女神はそこに向かった』

 巨人は驚喜した。何度も何度も礼を言い、彼は急いで駆け出した。

 

   10

 

 巨人は一心不乱に走った。いまや何もかもが明らかだった。長い彷徨が終わろうとしている。

 自分と瓜二つだという女の巨人。そここそが彼の向かうべき場所だった。彼は彼女に会うために旅をしていたのだと悟った。

 父神であるオオヤマツミノ神が言っていたこと。この国に、もはや埋めるべき土地はないと言っていた意味が、その謎が彼にはようやく解けたのだった。

 相模の国まで来たとき、足軽山(あしがらやま)(今の金時山)に彼は聞いた。

 「この辺りに、私と瓜二つの巨人が来ませんでしたか」

 『彼女は駿河の国の奥、甲斐の国と境を接する辺りを目指していた』

 彼はそちらに向かった。

 すると、不思議な感覚が彼に訪れた。それは今までに一度も感じたことのない感覚だったが、不思議と懐かしく思った。初めて訪れた安息感に、彼はついに自分が、赴くべき場所に到り着いたことを知った。

 「この地こそ、私が捜し求めていた場所なのだ」

 彼はその前に立った。しかしそこは平地ではなく、既に他の山の姿があった。

 しかし巨人は驚かなかった。彼はそれを知っていた。

 彼はその山に、声を掛けた。

 「ようやく、貴女に会えた。女神よ」

 またこうも言った。

 「もう一人の私よ」

 と。

 するとそれに答える声があった。

 『貴方をずっと待っていた。夫よ。私の片割れよ』

 そしてこうも言った。

 『もう一人の私よ』

 と。

 見る間に山は動き出し、やがて美しい女の姿となった。

 二人の巨神、互いによく似た男女が、正面から向かい合い、見つめあった。

 『二人で一つとなるべく定められたこの地で、私は貴方が来るのをずっと待っていた。半身の欠けた片割れとして、心許ない日々を過ごしていた』

 女神は言った。

 『けれどそんな寂しい日々は、もう終わる。私はもう片割れではないのだから。この定められた地に、寄り添うべき男女が揃い、今では二人となったのだから』

 『そうではない、私の妻よ』

 彼は言った。

 『私達はこれまで別個の存在だった。一つとなるべきでありながら別れ別れになってしまった、二つの片割れでしかなかった。

 しかし今、私達はあるべき場所に集い、互いの存在を知った。いまや私達は、別個の存在などではない。私達は一者となって、これからこの地にあり続けるのだ』

 妻の目を見つめ、彼は言った。

 『二つではない』

 女神は晴れやかに笑い、大いに頷いた。半身であり、夫でもある男神の言葉を喜び、これを言祝いだ。

 やがて二神の姿は近づいた。二つのよく似た美しい顔が、互いに嬉しげに相手を見やった。夫婦は固く抱きしめあった。

 やがて二神の肌は溶け合い、混ざり合っていった。その足は大地に根ざし、彼らは抱き合ったまま山となっていった。駿河と甲斐の二つの国に跨り、広大な裾野を有する、この国でもっとも背の高い山となった。

 我が国の誉れ高い富士の峰は、このように男女二神が抱き合ったまま山身体となったので、あのように天に屹立する美しい姿をしているのである。

 即ち、このような由縁からこの山を、「不二の山」と呼ぶのである。

 

 以上のように、かつて古老より伝え聞いた話を、塵野家の裔の要請によって、語臣(かたりのおみ)であるウロが語った。

 (この話は、筆者が戦前にこの女から聞いた話を元にして、小説として再構成したものです)