第七夜


 こんな夢を見た。

 

 近所によく当ると評判の占い師がいると聞き、私は興味を覚える。というのはその話を教えてくれた友人が、普段は陰気に過ぎる顔付きなのだが、それが常になく溌剌として見えたということもある。くわしくは話せないが、自分の未来について良いことを教えてもらったのだ。友人のその言葉に、私はますます興味を惹かれる。

 私はその占い師の在所を友人から聞き出す。聞けばその占い師がいるのは私の住むアパートのすぐ近くだという。担がれているのかと怪しむが、友人のいたって真面目な顔付きは冗談を言っているとは思われない。

 半信半疑ながらも私は占い師の家を探す。友人に教えられた通りの場所に着くと、そこにあるのは以前から私も知っている、古臭い寂れた小さな八百屋である。

 不審の念はさらに深くなる。が、とにかく確かめてみようと腹を決める。そこで恐る恐る八百屋に入るが、そこは以前に買い物に来た時と別段変わったところもない。ろくに照明をつけずやけに薄暗い店内も、床のコンクリートが剥きだしなためにひんやりと冷えた空気も、ダンボールに詰められたままの野菜の青臭い匂いも、以前とまったく同じである。視線を動かすと、狭い店のスペースの半分ほどは青果以外の商品に当てられており、洗剤などの日用品や子供向けの駄菓子が商品棚に雑然と並べられているところまで、何から何まで見覚えがある。田舎によくある時代遅れの、何の変哲もない、雑貨屋を兼ねた小さな八百屋である。

 と、私はおかしなことに気付く。古びたレジ台に、こちらも見覚えのある店主が座っているのだが、その前に何人もの客が整然と並んでいるのである。普通の八百屋としての客が、単に会計をするために順番待ちをしているのかとも思うが、見れば誰一人として商品を手にしている様子はない。店主はと見れば、彼は自分の前にいる客を相手になにやら語り聞かせているところで、その客は一介の八百屋の店主の言葉に口を挿まず、神妙な面持ちで聞き入っている。並んで待っている客達はおとなしくそれを見守っている。何とも珍妙な光景であり、単なる八百屋の客と店主のやりとりとは到底思えない。やはり友人の話は本当であったのだと思い、私は喜ぶ。

 私は列の一番後ろに並ぶ。と、待っていた客達が一斉に振り返り、私の顔を見る。ただそれだけのことで、別に何を言ってくるでもないが、なんとなく私は気後れを覚える。

 どうにも居心地が悪い。

 それでも待っている内に列は次第に短くなる。店主と客のやりとりは、長い場合もあれば短い場合もあり、喜ぶ者もあれば顔色を悪くする者もいる。その割合は、おおよそ半々といったところである。

 それを眺めつつ、私はふいに期待と不安に襲われる。自分はどちらの側に回るのだろうか?私は希望する通りの進路に進み、前途には明るい未来が待っているのか。それとも全く何者にもなれず、暗い、でなくともあまりパッとしない未来が待ち受けているのか……。思い悩むあまり気分が悪くなり、私はこんな所に足を運んだことを後悔する。いっそ帰ってしまおうかとも思うが、どうにもふんぎりがつかない。

 (今になって列を離れれば、私の前に並ぶ客達はまた一斉に振り返り、またあの目で私を見るだろう。そして私の小心を嘲笑うに違いない)

 列は少しずつ短くなり、私の順番が刻一刻と近づいてくる。不安はさらに募り、やはり帰ろうと思う。どうしてまた私は、こんな所に来たいなどと思ったりしたのだろう?未来を知るのは恐ろしい。未来はわからないからこそいい。未来を知りたいだなどと、最初から願うべきではなかったのだ。

 帰ろう。……しかし、どうにもその勇気が出ない。すぐ帰ろう、今帰ろう……と思い、その度にいや、いや……と思い留まる。帰ろう、帰ろう、……いや……いや……。私は居た堪れない思いを堪えつつ、ひたすらそれを繰り返す。帰ろう……帰ろう……いや……いや……。

 ……………………。

 

 ふと気付くと、いつのまにか私の番がやってきていたものらしい。私の前には店主しかおらず、後に入ってきた者もないので店の中には私と店主の二人きりである。私はついにこの時が来てしまったと観念し、怖気づく心を懸命に宥め、厭々ながらも店主の前に出た。

 私は店主の様子を窺う。それはやはり以前に見たときと同じ顔、以前と変わらぬ、威厳も何も感じられない中年男である。私は少し安堵するが、「いやまだまだ油断はならぬ」と思い直し、相手が口を開くのを待つ。

 占いが始まった。店主はまず私の名前と生年月日を尋ねてくる。占いに必要な情報なのだろうと、私は正直にそれに答える。

 と。奇妙なことに、店主が目に見えて狼狽し始める。これまでの客相手にはそんな様子は一切見せなかったので、私には何が起こっているのかわからない。何かまずいことを言ったのかと心細い気になる。

 不安に思いつつ見守っていると、店主が店の奥に向かって声を上げたので私はまた驚く。奥にいる誰かを呼んでいるらしいのだが、これも今までになかった事態で私の不安はさらに募る。

 やがて、店の奥から女が姿を見せた。現われたのはこれも見覚えのある些か年を喰った婦人で、おそらくは店主の細君であろう。こちらも夫と変わらず何の変哲もない中年女で特別なところはないように見える。手に何やら細々と記された薄い紙切れを持っていて、彼女はどうやらその紙切れを持ってくるために亭主に呼ばれたものらしい。

 婦人が差し出すそれを私は受け取る。見るとそこには、私にとって見覚えのない人々の姓名ばかりが何十と並べられている。何かの名簿のようである。

 訳がわからず顔を上げると、店主が私に説明を始める。これは未来を記した名簿だという。そこにはこれから先、近い将来に様々な分野で活躍することになる人々の名前が、あますことなく記されている……。

 私は驚嘆し、また期待を抱く。というのは、私の名前や生年月日を告げたときの店主の反応を思い出したからである。ああまで店主が驚いたのは、とりもなおさず私の姓名を予め彼が知っていたからに他ならない。つまりこの名簿に私の名前が載っているからこそ彼は驚き、慌てて妻にこの名簿を持ってこさせたに違いない。だとすれば、私の将来は約束されたも同然ではないか?

 私は名簿に目を落とした。そこには紙一面に、無数の人々の姓名が整然と並べられている。加えて店主の言葉どおり、それは様々な分野毎に区分されているらしい。

 この中のどこかに、私の名前があるのだ。

 私は熱心に名簿を調べた。はたして私は希望する分野に進めるのだろうか?それとも全く違う、今の時点では考えもつかないような別の分野に進むのだろうか?……いずれにしろ活躍できるというのなら、それほど悪い話ではない。そんな風に考えながら…………。

 期待に胸を膨らませながら、私は無数の名前をひたすら目で追った。希望する分野から始め、また別の分野へと、次から次へと視線を移した。全体にざっと目を通し、さらに見落としはないかと頭から順に一つ一つ名前を調べ、最後まで丁寧に確認した。それが済むと念のために、もう一度それを繰り返した。

 私の名前はなかった。