第三夜

 こんな夢を見た。

 

 世界のどこかにある巨大な塔に私は住んでいる。住んでいるとは言っても一室を与えられているだけなので(と言ってもそれなりの広さなのだが)、私は塔の全容については詳しくない。私の部屋は49階だが、それが塔の全体から見て高層に位置するのか、それとも全然低層なのか、それすらまるで見当がつかない。

 そもそも私は、どうして自分が此処にいるのか、はたしていつからここで暮らしているのか、そんなことすらもわからないのである。

 私自身は目にしたことはないが、この塔には様々な施設が揃っているらしい。中でも図書館は地上のどんな図書館よりも巨大で、その規模にしても蔵書数にしても、並のそれとはまったく比較にならないという。噂では世界各地の言語で記された、古今東西のあらゆる価値ある書物が収蔵されているとかで、今では失われてしまい書名のみが伝わっている幻の書物はもちろん、世間から評価されることのなかった天才達――生前どころか死後においても――が著した、歴史の闇に葬られた奇書・傑作・大珍品までもがことごとく揃っているらしい。

 そのような信じがたい話を私が誰から聞いたのか、それは覚えていない。しかしその話を聞いてからというもの、どれほどその図書館に行きたいと願ったか知れない。しかし私は未だにその望みを果たせていない。

 というのは、私がまだ「義務」を果たしていないからである。この塔の住人に課せられる「義務」をまだ果たしていないために、私は自室から出ることを許可されていないのだ。

 もちろん私としては、できることなら自分の義務を果たしたいと衷心から願っている。しかし私にはそれができない。おかしなことに私は、自分の義務がどんなものだったかすっかり忘れてしまったのだ。そのため義務を果たそうにも、それは私には不可能なのだ。

 だから今日も私は与えられた塔の一室で、窓際に据えられた机に頬杖を突き、何をするでもなく窓から外を眺めては、漫然と日々を過ごしている。忘れてしまった義務とは何だったかと、ぼんやりと思案しながら――。

 

 そんなある日のこと、私は少し困った事態に陥った。昨夜に水道の蛇口を閉め忘れたのか、部屋がいつのまにか水に埋まってしまったのである。気付いた時にはもう手遅れで、部屋の半ばを埋める書棚によじ登り、そこから中二階に避難するのが精々だった。

 自分の身はなんとか避難できたものの、水に浸かってしまった書物の数々を思い私は嘆いた。中二階にもいくらか本は置いてあったが、それらは比較的重要ではない本ばかりで、気に入っている本は全て下の書棚に並べてあったからである。そしてその書棚は今や、完全に、水に没してしまっている。

 水は今もごうごうと渦を巻いて流れている。

 私は肩を竦め、部屋の外に通じるドアの方に歩いていった(その部屋は中二階からも外に出られる造りになっていた)。……と、こちらに向かって近づいてくる、誰かの足音が聞こえる。

 私は部屋を水浸しにして後ろめたい思いを抱いていたので、誰かが注意しに来たのではと不安になる。私は息を潜め、ドアの傍らで耳を澄ませる。

 足音は段々近づいてくる。

 しかしその人物の目指すのは私の部屋ではなかったらしい。謎の人物は立ち止まることなく、足音が私の部屋の前を通り過ぎる。

 私は胸を撫で下ろす。