宮殿

     1 

   

 私の町の地下には未だ知られざる宮殿が眠っていて、其処にたどり着いた者にはなにやら凄いことが起こると言われている。そんな噂話がそれこそずっと昔からまことしやかに語られていて、この町の昔からの住民ならば、誰でもそれを信じている。いや、むしろ信じているというより、それはもはやこの町においては当たり前の事実として受け止められている。 

 実際に宮殿に行ったという人間、いや行ったのだと信じられている人間は数多くいる。町のささやかな歴史を紐解けば百人は超えるだろう。それを多いと見るか少ないと受け取るかは人によって違うだろうが、私の目が正しければ、大方の人間はそれをあまりにも少ないと考えているようだ。というのも、この町の住民ならば誰もができることなら自分もそこに行ってみたいと夢想せずにはいられないからで、そのためには宮殿に行くための条件がもう少し緩やかになってくれればと思わずにいられないし、受け入れ人数がもっと大幅に拡大してくれればよいのに、と誰もが願っているのだ。それは宮殿に行ったと信じられている人間は誰もが尊敬せずにはいられない、いや少なくとも瞠目せずにはいられないような立派な人間で、彼らに比べれば自分など取るに足りない人間であり、宮殿にいくことなど所詮は無理な相談なのだと痛感させられてしまうからだ。 

 とはいえ、実際には宮殿に迎え入れるための明確な条件などは存在しないし、厳格な受け入れ人数なるものが設定されているという根拠などない。ただ皆がなんとなくそう思っている、そうした規定のようなものが存在するのはいかにもありそうな話だと信じている、それだけの話である。 

 しかし最近は、宮殿に行く者は特殊な資質を有しているとか、特別な運命のもとに生まれてくるのだなどと信じている人間は年々少なくなっているのではないだろうか?誰もが皆、頑張ってさえいればいつかは宮殿に行くことができるなどというのは、わりと最近の風潮である。一昔前の人間はそうではなく、宮殿に行ける人間はやはり特別な一握りの存在であり、凡人とは一線を画す人種なのだと弁えていた筈だ。 

 ただ、私としてはそこまで宮殿を(というよりそこに到達した人々を)特別視するつもりは毛頭なくて、努力次第では凡人にも宮殿がその門戸を開くことはあり得ると考えている。問題はそのために必要な努力の総量というのがやはり並外れたものであるに違いないということで、だから結局のところ宮殿に行ける人間はやはり一握りの存在であり、だからこそ権威が宿るのだと信じている。 

 私はいま権威という言葉を使ったが、これが現実の社会生活において効力を持つような性質の権威ではないことは言うまでもない。そもそも、宮殿に行ったとされている者達にしたところで、世間の人間が真しやかにそう囁いているというだけの話で、その証明ができる者は一人としていないのだ。この町においてはどんな形であれ、誰もがその業績を認めざるを得ないような素晴らしいことを成し遂げた者――例えば治水工事をして暴れ川の氾濫を抑えたとか、その日暮らしの貧しい若者が苦学してついには代議士になったとか――は、大抵の場合は宮殿に行ったものと見なされる(もっとも最近は、この町からプロサッカー選手とかメジャーデビューした歌手が出たというだけでそう言われるのだが)。だから先述した宮殿に行ったとされる百人余りの中には周りが勝手に勘違いしてそのように祀り上げてしまったという例が少なからず混じっているのに違いない。 

 こんな事態が生じるのも、宮殿に行った人間はそのことを決して他人に話しては生らないという厳格な決まりがある、と信じられているためである。これも別に根拠がある話ではなくずっと昔からそう言われているというだけの話で、けれどこれについては皆が一致してそう堅く信じている。宮殿に行った選ばれし者は絶対にそれを他言してはならないのであって、辛うじて許されるのは極めて婉曲的な、暗に仄めかす式の表現だけで、それもかなりの技巧を弄していなければならない。それだけの工夫を凝らせば宮殿としてもそれを高度な芸であると認めざるを得ないし、それを解読する者にも高い技能が要求されるわけだから、黙認してくれる筈だというわけである。 

 町の図書館の資料室に行けば実際に、かつての達成者達――そう信じられている者達ということだが――のそうした発言の数々を網羅した研究書を閲覧することができる。『○○市名士録』と題されたこの本は、既に他界した地元のアマチュア郷土史研究者が三十年程前に自費出版で上梓して図書館にも一冊寄贈したものなのだが、建前は人名録でも内容がほとんど名言録になっているのを見れば、著者が他ならぬ宮殿探索の資料としてこの本を著したことは誰の目にも明らかである。こうした文献は他にも数え切れぬほど存在し、この町の人々の宮殿への関心の高さがそこに現れているのだが、そのどれもが宮殿について正面から取り上げてはいない。宮殿については声高に語るものではなく、公の文書にも記さないというのが、この町の住民における暗黙のルールなのである。 

 もっとも、町の長い歴史の中には、自分は確かに宮殿を見つけた、その中に入ったと声高に主張する者もいないではなかった。しかしそうした連中についての町民の反応は押しなべて冷淡なもので、時にはそのような冒涜者に私刑を加えることさえ容認されている時代もあった。天命三年の一揆では当時の庄屋が百姓の集団に惨殺されたという記録があるが、その理由は飢饉ではなくその庄屋の放言の為だったと口承では言われている。人々は宮殿がこの上なく神聖なものであると考えていたし、宮殿に昇る(正確には降る)ような達成者は下賎の者にそれを吹聴するような不作法は決して冒さないと信じていたのだ。 

 宮殿の正体については今ひとつはっきりとしない。というのは全く誤った表現で、具体的なことは何一つとしてわかっていないというのが正しい。いつの時代、どのような人間が(人々が)、どんな目的を以ってわざわざ地中に――もちろん、宮殿は最初から地中にあったに決まっている――そんなものを築いたのかとなると、確かな根拠を元に答えられる人間はいない。だから町民が宮殿に対して抱くイメージは人によって細部が異なり、町の住民同士で宮殿についての話をすれば、各自の抱く宮殿への夢想がいかにかけ離れているかわかる。不思議なのは細部がそれほど違っても全体的な印象は誰に聞いてもそう大きくは違わないということで、宮殿の正体を巡って深刻な論争に発展しないのはそのためである。 

 宮殿がその到達者に何をもたらしてくれるかについては諸説ある。ごくありふれた見解としてはいわゆる金銀財宝というものがある。宮殿の内部には価値の計り知れないほどの財宝が山と積まれているというのだが、少し穿った見方をする者ならこれがほとんど信ずるに値しない説であるとすぐにわかる。そこにあるものが本当に財宝であるなら、宮殿に到達した先人達が既にそれを持ち出していると考えるのが自然である(もっとも、宮殿には使い切れないほどの財宝があるからだと反論する者もいる)。 

 次に多いのは異性で、そこにはその人間にとっての理想の恋人が待っており、夢のような至上の一時を過ごさせてくれるという説もあるし(この場合は行ったきりになるとされる場合が多い)、何でも知っている物知りな神官がいて、どんな質問にも答えてくれるのだと言う者もいる(ただし質問は三回まで)。或いはもっと単純に、宮殿には神様がいてあらゆる願いを一つだけ叶えてくれると信じるものもあれば、少し捻っていやそこにいるのは悪魔であると頑なに信じる者もいる。 

 忘れてはならないのはこれらの主張にはどれにも何の根拠もないということであって、つまりどれもが人々の逞しい妄想の産物であるということである。ただ重要なのはこれらの妄想が私たち町の住民に共通する宮殿のイメージをわかりやすく表しているということで、これが例えばなんとか時代の何某という裕福な長者が身代を擲って築かせたものであるとか、紀元前何千年のなんとか人が築いた遺跡などというものとは全く異なるものであることはわかってもらえるだろう。 

 どうもこの辺りの機微が、余所の人々にはなかなかよく呑み込めないらしい。というのも当たり前の話ではあるがこの町にも余所の土地から移転してくる人々がいるわけで、この町に移り住んだ彼らが必ずと言っていいほど直面する問題がこれなのである。新しい土地に移ってから漸く一息ついて、新しい環境や人間関係にも慣れてきた頃――もちろん個人差はある――、彼らは(彼らにとってはの話だが)新しい知人から「宮殿」などと呼ばれる不可解なものの話を聞かされる。彼らが聞かされる話はおそらく、それを話す町の住民の認識によってかなり異なっているはずなのだが、聞かされる側にしてみれば大差はないようで、その反応は概ね一様だという。

 彼らは新しい知人から聞かされた耳慣れない話に戸惑う。そして相手の気分を害しないように気を遣いながら――なにしろ彼らは新参者なのだから――控えめに尋ねることになる。それはどこにあるのですか、いつの時代のものですか、どんな人々がそれを築いたのですか、それで結局、それは何のためにあるのですか。人によっては、はたしてそんなものが本当にあるのですかと問い、失笑か顰蹙を買うことだろう。

 しかし彼らのような余所者からこのような、まあ至極まっとうな質問を受けると、それが至極まっとうであるだけに私達は困惑せざるを得ない。どうやら彼らは「宮殿」を縄文時代の遺跡とか、あろうことか古代の古墳のようなもので、過去に地上に築かれたものが時の経過と共に埋もれたものだと受け取るようなのだが、私たちとしては一体全体なぜそのような誤解が生じてしまうのか、理解しかねるのである。なぜ宮殿のように偉大なものが、地の下に埋もれるなどという理不尽があり得るだろう(もちろん宮殿は、最初から地下に建造されたのだ)?

 そうした場合に町の住民は自分達と彼らの間に存在する認識の違いに驚愕し、両者の間に埋めようのない断裂があることを思い知り、そして結局は彼らが余所者であるのだという結論に到ってしまうのである――むろん、だからと言って彼らを排斥するなどということはないが。

 そもそも町の住民の話を注意して聞いてもらえれば、宮殿をこの国の過去の遺跡とか古墳とか考えること事態が間違っているとわかってもらえるであろう。大方の町の人間は――他ならぬこの私を含めて――宮殿はどちらかと言えば西洋風の外観をしている筈だと答えるであろう。西洋といってもどこの国の、なんと言う様式の建築なのかは判然としないが――それも一人一人異なるだろうし、そもそも彼らの誰一人として宮殿を見たものはいない筈だから――私たちがそう信じている以上、そうであるのに違いない。

 ところでそれは間違いなく宮殿なのであるが、中にはむしろ神殿といった方が実態に即しているのではないかと考える人々もいる。先にも触れた通りそこには何でも知っている神官とか願いを叶えてくれる神様がいると信じている人々も少なからず存在し、そうした人々が自分達だけに通じる符牒として「神殿」という言葉を用いることがある。それは個人の信念であるから私たちがとやかく言うことではないが、少なくとも町中で公言してよいことではないのは確かである。もしも彼らが分別を忘れて宮殿を勝手な名称で呼ぶのであれば、私達は敢然と立ち上がり彼らを糾弾するであろう。宮殿は、あくまで宮殿であるのだ。恣意的な想像で宮殿の本質を捻じ曲げるようなことが許されるわけがない――もちろん、人間風情が宮殿のあり方にほんの少しでも影響を与えるなどと言うことが、起こりえる筈はないのだとしても。

 

     2

 

 頼んでいないにもかかわらず、私に宮殿についての情報をあれこれと話してくれるのは級友の鈴木だった。

 鈴木とはこの高校に入ってからの付き合いで、四六時中ずっと一緒にいるなどという気色の悪いことはないものの、まあまあ親しくしている方だとは言える。あまり人付き合いに関心のない私にとっては、休日につるむような同級生は鈴木だけだった。もっとも、そんなことは稀であったが。

 その鈴木は郷土史研究部に所属していた。おそらくはどこの高校にも存在しているであろう地味でマイナーな、およそ活気などという言葉とは縁遠い文科系の部活の中でも特に存在感の薄い、消滅しても大半の生徒には気付かれないような部活だった。部活動が必修の学校であればまだしも存在する意義があるというものだが(もちろん、部活などやる気のない生徒にとっての逃避場所としてだが)、この学校はそうではないので、まったくもってなぜ未だに存在しているのか不思議にさせられる部だった。

 だから私は、最初に鈴木から郷土史研究部に在籍していると打ち明けられたときは少し驚いたものだった。朗らかな性格でクラス内に友人も多い鈴木が、そんなマイノリティのためにのみ存在するような部に所属することが以外に感じられたからである。

 私が正直にそのような指摘をすると、鈴木は困ったように「そうかな」と言った。私はそうだと言うとどうやら自覚はあったらしく、反論せずに似合わない苦笑を漏らした。

 自覚していると言うことは鈴木本人も自分が郷土史研究部に在籍しているのはそぐわないことと感じているということで、それはつまり彼も自分が郷土史研究部などという地味な部活には勿体ないほどの垢抜けた存在であると考えているということになる。要するに鈴木は同じ部に所属する連中を嫌悪しているということではないかと私は思ったが、口には出さなかった。そしてとりあえず「似合わない」と正直に告げたことについて謝罪しておいた方がいいのかとも思ったが、別段気分を害したようにも見えないのでやめておき、かわりに何か理由があるのかと尋ねた。いかにも聞いて欲しいというように見えたからだ。

 鈴木は少し躊躇う素振りを見せた後、実は郷土史研では今、共同で宮殿を探しているのだと言った。

 その告白に私はまた少し驚いたのだが、同時に納得もした。確かにそうした明確な目的があるのなら、彼のような人間でも郷土史研究部に入ろうと思うかもしれないと考えたのである。むしろ以外なのは郷土史研究部のような堅い印象のある部活がこともあろうに宮殿を探しているということだったのだが、考えてみれば宮殿も確かにこの町のものであることは事実なのだし、ずっと昔から存在しているのだから彼らの調査の対象に選ばれることはそれほど不合理ではないのかもしれなかった。

 ただ鈴木には話さなかったが、その時の私は彼の話を聞いて、たしかに不愉快な気分にさせられていた。表情には出さなかったものの、殆ど会話を切り上げようとする寸前だったことを覚えている。その時には理由がわからなかったものの、後から思い浮かんだのは、こんな高校の郷土史研究部などが宮殿を探し出せるわけがないという理由だったに違いなかった。

 私としても、鈴木が宮殿を探していると言い出したことについて不満を感じているわけではない。この町の人間なら口には出さないだけで、誰でも一度は宮殿に行きたいと思うものだからだ。それを彼が無謀にも口に出して言ってしまったというだけで不快に感じるほど、自分が狭量であると考えたくはない。

 どうやら私が気に食わないと感じたのは、彼らが徒党を組んで宮殿を探そうとしている部分であるらしかった。

 お前も郷土史研に入らないかと言う鈴木の誘いを私が断ったのは、だから当然の成り行きだった。鈴木は残念そうにしていたがしつこく食い下がるということもなかったし、それ以後も勧誘してくるようなことがなかった点は私も評価している。といっても、それには別の理由があるのであったが。

 代わりに鈴木は、彼自身が自覚しているかどうかはわからないが、郷土史研究部の活動で知ったことを私に話して聞かせるようになった。単純に彼が見聞きしたことだけではなく、それによって判明したことや(おそらくは他の部員の)考察までを含めて、頼んでもいないのにである。

 おかげで私は宮殿のことのみならず、郷土史研の部員全員(といっても三人しかいないのだが)の名前から始まり各部員の性格からその家庭環境に至るまで、自身は部員でもないのに熟知する羽目になってしまったのだった。

 

     3

 

 鈴木の話に拠れば、本校の郷土史研究部は以前からずっと宮殿を探していたというわけではないらしい。以前はそれこそどこの高校にもあるような集団で、「まっとうな」郷土史を探求していたという。当然の話である。

 それが数年前に変わったという。就任したばかりの当時の部長が率先して宮殿探索を提唱し、それを部員全員で共同してやっていこうと提案したのだ。当時の部員の反応は分かれ、渋々従う者もいればあっさりと退部する者もいた。しかしそれはどうでもいい。

 そんな経緯から始まった宮殿の調査はしかし、始めのうちはそれほど成果が上がらなかった。士気は上がらず、乗り気なのは部長氏だけであったのだから当然の話ではある。

 それでも次第に情報は集まった。もちろん高校生が一年ばかり調査したところで宮殿が見つかるはずもなく件の部長氏は失意のうちに卒業していったのだが、代が変わる頃にはかつての郷土史研は完全にその性格を変え、宮殿の探索をその存在理由とする集団に生まれ変わっていた。現在の部員は三人しかいないが、鈴木が言うにはそのいずれもが宮殿到達への意志が固く、能力も高いという話だった(もちろんそこには、彼自身も含まれるのだ)。

 それにしても、勝手な話ではある。最初に宮殿探索を提案したかつての部長氏のことである。当時の部員達にとっては迷惑以外の何物でもなかっただろう。たとえ郷土史などという私にとっては何が面白いのかもわからない地味な研究ではあっても、彼らにとっては自分の自由時間を犠牲にしてまでもやりたいことだった筈だ(なにしろ、強制でもなく自発的に入部したのだから)。それなのに唐突にその活動の自由を奪われたのだから気の毒としか言いようがない。

 そもそも郷土史の研究対象として宮殿を調査することからして、まあ全くの畑違いとはいえないまでも、やはり筋違いというより他はない。中世の古窯の跡だろうと石器時代の集落の跡だろうと、それはかつて確かにこの土地に存在していたものであるが、宮殿はたとえ町の住民の全てが(移転してきた者を除いて)その実在を信じているとしたところで、結局は物質的な証明のない伝説・口承でしかないのである。民族学の対象としてならともかく、真っ当な郷土史研究者から敬遠されたところで不思議はない。

 実際、町の昔ながらの住民がその存在を信じているといったところで、それを現実に探している人間は、実に少ない。特に鈴木が所属している現在の郷土史研究部のように、それを明言して調査活動をしている集団と言うのは他にないように思える(少なくとも私は他に思い当らない)。

 この辺りの町民の心理についても複雑なものがある。初めて宮殿の話を聞かされた余所者がとりあえず宮殿の何たるかを漠然と理解した後に、当惑気味に発する疑問がこれに関してのことだ。即ち彼らは、「貴方たちが宮殿とやらの存在を信じていることは理解したが、それならなぜそれをやっきになって探そうとはしないのか」と問う。失礼ながらこの町はたいして広い町でもないのだから、町民全てが本気になって探せばすぐに見つかりそうなものだと思うらしい。

 私達は彼らの言うことを理解できる。彼らの疑問は的を射ているし、その主張は正当である。だが私達はそれと同じ程度に、いやそれ以上に、彼らの主張が正しくはないということを知っている。いや少なくとも、現実性を欠いている。

 私自身も幼い頃、他県からの転入者がこの類の質問をしているのを聞いたことがある。といってもその質問を受けた相手は私ではなく同級生の一人だったのだが(もう名前も覚えていない)、彼は満足な答えを返してはいなかったと記憶している。その場面を横目で見ながら、私ならどう答えるだろうかと考えていたからよく覚えているのだが、当時はついに適当な説明を思い浮かばなかった。

 若干のニュアンスの違いはあるだろうが、今の自分なら比喩を用いて私達の心情を説明することができるだろう。例えば、テレビ番組で大活躍するアイドルやタレントと呼ばれる人種を見れば、大抵の人間は一度は彼らのようになりたいとつい思ってしまうだろう。プロ野球の試合やサッカーの試合をテレビ中継で見て、自分にも彼らのように才能があるとすれば、彼らのように活躍し、ついでに世間の注目を浴びることができるのにと考えるだろう。

 ではそう思う人々の中で、実際に彼らのようになりたいと本気で願う人間はどれだけいるというのだろう?恐らく圧倒的に少ないであろうし、万が一にも本気でそれらを目指して努力する人間がいたところで、滅多なことでは他人に洩らしはしない。それは何故だろう?タレントにしろスポーツ選手にしろ、この世には現実に存在していると言うのに。

 つまり私たち町の住民にとっての宮殿というものは、つまり世間の大方の人々にとってのタレントやスポーツ選手という存在と同じなのだ(もちろん実際は、そんなものよりもっと貴重でしかも神秘的なものなのであるが)。宮殿はこの町に、地下のどこかに確かに存在する。しかしそこに到達できる者が現れるのはごく稀で、彼らはまさしく限られた人種であり、選ばれた者達なのだ。何に?――勿論、宮殿に。

 だから町の住民は宮殿の存在を信じていたとしても、それを本気になって探すということをしない。自分がそれに値しない人間であることを知っているからだし、ついでに言えばもしもそれを口に出しでもすれば、身の程知らずだと陰口を叩かれることを知っているからだ。そうかと言ってこの町の住民が、慎みを欠いた言動に対して厳しいなどと思ってもらいたくはない。いつか自分にも宮殿への道が開かれるのではと期待することは、ごく普通の容姿の少女が、ある日突然アイドル事務所にスカウトされるのではと夢想するがごとき恥ずかしいことだからだ。

 とはいえ、この町においてそうした趣旨の発言が全く聞かれないということはない。この町のどこの小学校でも、いつか宮殿に行きたいと無邪気にのたまう児童で溢れている。男子児童にとって宮殿探索ごっこは、秘密基地や冒険ごっこよりも余程人気を集めるメジャーな遊びであるし、女子児童はきらびやかな宮殿に招かれて物語のようなお姫様になることを夢見ている(彼女たちの大方は宮殿について誤ったイメージを抱いている)。

 容易に想像できることだろうが、年齢を重ねるにつれてそのような無邪気で不用意な発言は聞かれなくなる。中学に上がる頃にはもう、大抵の男子は理想と現実のギャップに気付き、愚かしい夢想を口に出さなくなる(ただし、女子については多少事情が異なる。彼女たちはこっくりさんや黒魔術の真似事の延長として宮殿を捉えているからだ)。そして高校生に至れば、自分という凡人について多大な勘違いをした恥ずかしい輩を除けば、男女とも子供の頃の宮殿遊びなどすっかり忘れたように振舞うようになる。

 そういった事情を鑑みれば、私の級友の鈴木が所属する我が校の郷土史研究部がいかに特異な存在であるかは明らかである。実際、鈴木に聞くところに拠れば部の活動で調査に赴く先々で嘲笑される、或いはそれに類する態度を見せられることが多いという。彼らとしては宮殿探索はあくまで郷土史研究の一環だと説明し、それを隠れ蓑にしているというのだが、この町でそんな建前が目くらましになる筈もないのだ。学生は夢があっていいなどというましな反応から、高校生にもなってまだ夢みたいなことを言っているのかという冷ややかな反応まであるという。私はそれを聞いて、やはり鈴木の誘いになど乗らなくて正解だったと安堵したものだった。

 

     4

 

 そのような思いまでして彼ら郷土史研究部の面々が何を宮殿に求めているのかは私も聞いていない。鈴木も自分の目的を私に話そうとはしなかったし、彼自身も他の部員の期するところを尋ねたことはないという。部の活動においてそれは一種の不文律になっているらしく、どれだけ親しくなっても聞くことは許されないのだという。

 私は意外に感じた。所詮は高校生の部活らしく、彼らも和気藹々と活動しているものと思っていたからだ。

 意外なのはそれだけではなく、彼らは宮殿探索を共同で行っているとはいうものの、そのアプローチの方法は各部員で異なり、各自がそれぞれ自分が正しいと信じる方向で行っているということだった。もちろん必要な場合は他の部員に協力を仰ぐこともあるし、全員が体験しておくべきだと部長が判断した場合の調査は全員で行う。それでもそんなことはせいぜい一ヶ月に一度か二度で、毎週木曜の放課後と決められた部活の時間意外は、全員が集まることは滅多にないという。

 その、あったこともない部員全てについても、鈴木から聞いてよく知っている。

 勿論、一番詳しいのは語り手である鈴木のことである。というのもさすがに他の部員が調査した結果判明した内容を部員でもない私に話すことは後ろめたいようで、必然的に彼自身の話が主体となるのだ。

 鈴木の調査方針というのはこうだった。鈴木は「人間」という要素に着目したと私に語った。言ってしまえば、宮殿に行ったと思しき人物に着目し、その行動を徹底的に調査することで、宮殿の秘密を暴こうというのである。

 しかし言うまでもないことだが、このやり方には困難が伴う。なぜなら先述したとおり、宮殿に到達した者はその事実を決して口外してはいけない(と信じられている)からである。つまり正式には宮殿に行ったことがある人間は今まで一人もいないということになっているのだ。その中には「宮殿に行ったはずだ」と目されているだけで、実際には宮殿に行くどころか見たこともないという者も少なからず含まれている筈だった。

 鈴木にしてもそれがわからない筈はない。彼がまず始めたことは、この町で過去に宮殿に行ったと噂されている者の名前を、それがたとえどれ程信憑性が低いものだったとしても、全てリストアップすることだった(これにはかなり手間取ったらしい)。

 漸くそれが済むと、彼は古代の伝説上の人物から現代のサッカー選手に至るまで二百人以上にも上ったそのリストを選別し、現段階で信憑性の高い順に七段階でランク分けした。最高ランクがA、最低がGランクである。

 こうしてとりあえずではあるが選別したその区分にしたがって、鈴木はリストの人物をAランクの者から順に調べることにした。もちろん、ランクの高い人物ほど徹底的に調べ上げたのである。そうした資料に関しては図書館の資料室に山ほど納められていた。砂糖はこうして、まずは確実に宮殿に行った(と思われる)人間を一人でも多く見つけ出そうと考えたのである。

 結果として判明したことは、世間でいかにも真実めいて語られる噂話がどれほど信用できないかという、聞かされる側としてはあまりにもつまらない、ありふれた結論だった。大方の世評に反して、彼こそが真の宮殿への到達者だとまことしやかに語られる者ほどあっさりとその地位から転落した。しかもリストに載っている者の大半はそもそも仔細な調査が困難な者が多く(鈴木は神話上の人物までリストに加えていた)、二百人もの名前を連ねていたリストはみるみる縮小していったという。

 ここまでの調査についての報告を聞く限りでは、どうやら鈴木本人はリストに載っていた人数があっけなく激減してしまったことに関して大いに不満であったようだったが、私としては表情には出さなかったものの、むしろ喜んでいた。鈴木が最初に作成したリストを見せられた私は、可能性が少しでもある者は残らず拾い上げたと豪語する本人の主張にどうしても納得ができなかったのだ。それには最初から、鈴木の主観から生じる偏向が見受けられた。そのリストに載っているのは、世俗的な意味での成功を納めた人間が大半を占めていた。こう言ってよければ、俗物ばかりだった。

 私が、そして町の人々が憧憬をもって語る宮殿の恩恵とは、そんな世俗的なものでしかないのだろうか?

 むしろ世間的な意味での成功を収めていない人々の中にこそ、宮殿にたどり着いた者が多いのではないか。裕福な人間よりも、首尾よく出世して名声を手に入れることを願う人物よりもむしろ、貧しい学者や芸術家のような人々にこそ宮殿はふさわしいのではないだろうか?

 そうした人々が宮殿に入ったとき、求めるものは何だろう?彼らは恐らく、富や地位などは求めないはずだ。彼らが求めるのは知識であり、才能であり、あるいは真理であるはずだ。であれば、せっかく宮殿に迎え入れられた彼らであっても、その後の人生が幸福であったとは限らない。世間の理解を得られないまま、不遇な一生を終えた者も少なくなかったに違いないのだ。

 しかしそんな私の意見は鈴木には好意的には受け入れられなかった。私には残念なことだが、実際に苦労して調査を行っているのは彼なのだからあまりでしゃばるのはよくないであろう。ただその一件で私は、彼が宮殿に求めているのはそうした世俗的な成功以外の何物でもないだろうと当りをつけることができた。

 鈴木はこのように結論付けた。作成したリストが目減りすることになったのは、各時代の民衆の嫉妬のせいに他ならないだろうと。裕福ではない凡人は少しでも成功した人間を見ると激しい嫉妬に駆られ、どんな手段を使っても引きずり下ろそうとするものだ。

 凡庸な彼らにとっては、一部の人間が己の才覚を頼りに成功を収めたと考えることほど腹立たしいことはない。だから彼らは「あいつがあんなにも成功したのは実力でもなんでもなく、偶々運よく宮殿を見つけたからに違いない」と考え、運勢の問題に還元してしまうのだ。

 その意見には一理あると私にも思えたものの、私には全く反対の見解があった。この町の住民は昔も今も、宮殿に行くということ自体に一種の社会的ステータスを認めている。その人間が宮殿に招かれるということはその人間が特別な人間であることの証である。またそれには幸運も確かに必要ではあるが、かといって運が良いだけでも駄目で、特別な資質を有していなければならないのだ。誰かが宮殿に行ったと認めるということはつまり、その人間が尊敬に値する人間だと認めたことに他ならない。嫉妬に駆られる人々が、はたしてそのようなことをするだろうか?

 この見解については私は鈴木に話してはいない。先の一件から私と鈴木の間には越えがたい認識の不一致があることを知っていたからだ。それはどうやら宮殿の本質に関する認識の違いから生じているようでもあった。

 郷土史研究部の残る二人の部員の内の一人、佐藤の宮殿に対する認識は私のそれとは一層かけ離れている。といっても私はこの佐藤に実際に会ったことは一度もない。いや、ひょっとすると校内ですれ違うくらいはしているかもしれないが。つまりは、この佐藤という男の顔をすら私は知らないのだ。彼が数年前に駅前にできた、少しばかり洒落た文房具屋の一人息子であり、理系のクラスにいることまでは知っているが。

 佐藤の調査方法はいかにも理系らしいというか、実証主義的なものであるらしい。佐藤は(彼にとっては馴染みのない)この町に流布する怪しげな噂や出所の曖昧な伝承などには情報としての価値などないと言い放ち、一切省みようとはしなかった。それで何に頼るかと言えば文書に記された資料で、それも遺跡からの発掘品といった物質的な証拠や科学的なデータが付随しているものに限られた。

 この文具屋の小倅はそうして集めた、古代から現代に至るまでのこの町全体の土地の利用状況を精査しながら順次遡ってゆき、後世に人々から「宮殿」などと呼ばれるようになる可能性がある建築物はないかどうか検討していった。

 これは私と鈴木の一致する見解なのだが、佐藤の採った方法は一言で言えば笑止千万なものだった(もっとも鈴木は、佐藤への敵対心から言ったに過ぎないようだが)。或いは、もっとも愚かな方法であると言えた。そんな方法であの崇高なる宮殿を見つけることができるなら、誰も苦労などしないのだ。彼は過去から全く学んでいないのだ。もっとも本人からすれば、自分こそが誰よりも過去を尊重しているというのだろう――あの笑止なるデータを使って!

 鈴木から聞くところに拠ると、佐藤は余所からこの町にやってきた転入者だという。私はそれで得心がいった。要するに彼は、私達の宮殿を余所の偏狭な価値観でのみ捉え、ありふれた遺跡とか古墳などと一緒くたに考えているのだ。

 余所者である佐藤は、一体宮殿に何を求めているのだろうか?宮殿についての数々の伝説を一切信じていないとすれば、彼にとって宮殿を探し当てる意味など全くないに違いないと言うのに。或いは、田舎町に蔓延るおかしな迷信の正体を暴き、この町の連中の花を明かしてやろうとでも考えているのかもしれない。

 不快に感じないでもない。が、放っておいても問題はないだろう。佐藤の調査が成功するなどとは、どうしても考えられないからだ。そのような方法で宮殿が発見できる筈がないし、そのような冒涜は手痛い結果となって彼に返ってくるに違いないのである。

 郷土史研究部の残る最後の部員は唯一の女生徒で、佐々木という名だった。彼女だけが三年生の部員で、そのため部長を務めている。

 鈴木の話では、彼女はストレートの長い黒髪が良く似合う、知的な美人だと言う。勿論彼女にも私は会ったことはないからそれについては何ともいえないが、鈴木の話を聞いているだけでも彼女が卓越した人間であることはわかる。ついでに言うなら、鈴木はどうやら彼女に惹かれているようだった。佐藤も同様であろう。

 佐々木部長が用いている方法について、鈴木は最初の内は私に説明しようとはしなかった。私はそれを、彼女が鈴木にそれを固く口止めしているからだと考えていたのだが、実はそうではなかった。鈴木には、彼女の採用している方法の本質が理解できなかったからである。

 佐々木さんは――これは鈴木の表現だが――自分や佐藤のように特定の要素に絞って調査するということはしない。僕が集めているような宮殿に行ったとされる人物の記録でも、佐藤が集めているような大して意味のないようなデータでも何でも、とにかくその時に気に掛かった情報を何でも調べている。傍から見ている僕等には、彼女がまるで方針という概念を持たず、行き当たりばったりで動いているようにさえ見える。でも実際はそんなことは全然なくて、彼女はいつも何か確信めいたものを内に秘めていて、一見何の関係もなさそうな二つの事象を結びつけて驚くべき結果を導き出したりする。だから僕はもちろん佐藤の奴も彼女には一目も二目も置いているし、意見交換の場で誰よりも鋭い意見を出すのも彼女なんだ。

 鈴木はこのように熱っぽく語った。これだけで、彼が如何に彼女に心酔しているかわかるであろう。

 それほどまでに惚れ込んでいるにもかかわらず鈴木にはいまいち理解できていないようだったが、私には佐々木女史の方法論がある程度は理解できるような気がする。彼女が探しているものは、鈴木や佐藤とは本質的に異なっている。

 一言で言えば、彼女は「法則」を探しているのだ。あるいは、宮殿の本質と言い換えてもいい。宮殿に纏わる噂、宮殿に到達しうる人間に共通する要素、そうしたものを繋ぎ合わせて、宮殿の本質を探り当てようとしている。それを理解できればその時、宮殿まで至る方法とてわかるはずだ。

 つまり、郷土史研究部の三人の中で、唯彼女一人だけが、宮殿そのものの正体を追っていると言えるのだ。

 

    5

 

 昼休みにはいつも鈴木と教室で食べることになるのだが、私が彼から郷土史研での活動の報告を聞くのは大体この時間のことだった。時折、というには頻度が多いが、彼が零す佐藤への不満や佐々木部長の些細な言動を聞く分には下校しながらでも支障はないが、彼らの活動報告を聞くにはその内容は少しばかり込み入っていたからである。

 登校途中に立ち寄ったコンビニエンスストアーで購入したパンとウーロン茶のペットボトルの入ったビニール袋を通学鞄から取り出していると、いつものように佐藤が私の前の座席に座り、弁当を広げた。その席の本来の持ち主である女生徒は昼休みにはいつもいない。興味がないので訊ねて見たことはないが、話はついているらしい。

 鈴木は見るからに冷凍であるとわかる薄いコロッケを箸で何度も突き刺しながら、昨日の放課後は定期報告会があったのだと言った。言われるまでもなく、私はそれを覚えていた。他ならぬ鈴木自身が昨日言っていたからだ。

 私は念のために周囲に視線を走らせた。鈴木との話を他人に聞かれるのは得策ではないからだ。一つには高校生にもなって宮殿について教室内で話題にすることの気恥ずかしさのせいであり、もう一つには彼らの調査内容を洩らすのは好ましくないからだ。鈴木が自力で行った調査の結果を洩らすのは単なる自業自得だが、佐々木部長の見解を無断で他人に教えることはどう考えても得策ではない。佐藤はどうでもいいが。

 普段なら鈴木とて、その辺りの配慮には抜かりがない――少なくとも意識はしている。彼の中ではどうやら私だけはその配慮の埒外にいるようであるが、それに関しては追求したことがなかった。私にも都合がよいからだ。

 だが今日の彼に限ってはそうした配慮が働いていないようだった。そしてその時になって私は漸く、そういえば朝から彼の様子がおかしかったのではないかと思い至った。普段から彼にそれほど注意を払っていなかったので、つい見逃していたのだ。昨日の報告会で、何かあったのだろうと私は察した。

 幸い、私達の会話には誰も注意を払ってはいなかった。教室内はそこそこ騒がしかったし、私たちに一番近い席に陣取っている女生徒のグループにしたところで声が届く気遣いは不要だった。一体何がそんなにおかしいのか、エサを貪るカバのように大口を開けて馬鹿笑いしている。

 私の気遣いも知らず、鈴木は勝手に本題に入ろうとしていた。浮かない顔でろくに弁当にも手を付けずに話し始めた。それはこんな話だった。

 彼に拠れば、昨日は月に一度の定期報告とは違い、より規模の大きな報告会だったのだという。もうじき夏期休暇に入るので、今学期に行った調査結果をある程度まとめて報告しなければならなかったらしい。私は昨日の鈴木の、少し緊張気味の顔を思い出した。

 鈴木はまず自分が発表した内容を語った。私としては彼の話はいつも聞かされているのだから省いてもらいたかったのだが、それは早合点というものだった。鈴木の報告は、平常私が聞かされていたものよりずっと、詳細なものであったのだ。――つまり鈴木は、普段は私にもそれを隠していたと言うことになる。

 私がかねて聞き及んでいた彼の方法とは、宮殿そのものではなく其処に到達したと思われる人々の足跡を調査することだった。実を言えばこの時まで私は、それには大した成果が望めないのではないかと思っていたのだが。

 しかしわざわざ指摘するまでもなく、(意外にも)鈴木はそんなことは先刻承知していたのだ。彼はより綿密に、より詳細な調査を行っていた。どうやら、私は彼を随分と過小評価していたらしかった。

 彼は私がかねて聞いていた通りの方法を用いて、まずは確実に宮殿に到達したであろう人間を探し出し、さらにその中からできる限り詳細にその行動記録を追跡することが可能な、たった一人の人間を選び出したという。戦前の青年期から晩年に至るまでの詳細な日記を記していた、A氏という人物である(鈴木はその根拠として、経営が傾いていた工場を彼がある時期を境に劇的に再建したことを挙げた)。 

 ここまでは私も前もって聞いていた。初耳なのはこの後の話で、鈴木はこうして得たその人物の記録、日記から得た日付毎の全ての行動記録や様々な事物についての記述の全てを、徹底的に読み込んでいたのだ。

 それだけなら私も驚きはしない。私にとって驚異的だったのはその読み込みの徹底ぶりだった。彼はそれらの膨大な記録を表面的に読むだけでは満足せず、氏の性格や行動に至る判断基準、その思考回路に至るまでを熟知するように努めたのだ。そのために鈴木は本人の日記という主観的な情報の欠点を補うためにA氏の周辺の人物の手記まで集め、さらに当時彼の家に入り込んでいたという奉公人まで探し出し、直に話を聞くことまでしていた。

 重要なのは――と鈴木は言った――A氏が宮殿に行ったかもしれないという条件を常に忘れずにいること。そしてそれを他人に話してはならず、恐らくは日記にも直截には記してはいないこと。この二つを常に意識して読み込むということだった。

 こうして構築した人物像を元に鈴木はA氏の日記を読み込み、普通の人間なら見落としてしまうであろう些細な異常を見つけ出す特殊な能力を身につけたのだ。

 鈴木は実際に昭和三年に書かれたというA氏の日記を見せながら(埃が弁当に落ちたのに彼は気付かなかった)、その記述を元に具体的な説明をしてみせた。

 A氏の実家はその父親の代から工場を所有していたが、A氏がそれを継いだ頃はかなり経営が悪化していた。

 昭和三年の八月三日、その頃まだ三十代前半であったA氏は一人で神社の縁日に出かけている。十七時前に家を出て、二十二時過ぎに帰宅したと記されている。

 たったこれだけのなんてことのない記述だが、鈴木はA氏のこの行動は明らかにおかしいと断定した。昭和三年のこの時期、A氏の所有する工場の業績はかなり悪化していて、悠長に縁日になど出かける精神的な余裕は彼にはなかった筈だという。実際、この日を挟んだ前後ではA氏は金策のために東奔西走する慌ただしい日々を過ごしている。更に言えば、A氏はその前の数年間は神社の縁日などに出向いたりはしていないし、後に子供が生まれるまでは、再び縁日に出かけるようなことはしていないのだ。

 鈴木はこのように主張した。

 私はこれに異議を唱えた。確かにそれはA氏の長年の習慣から見れば逸脱した行動だったといえるかもしれない。しかし忙しい日々の合間に偶々空き時間が生じることなど十分にありえることだし、偶然にもそれが近所で催されている神社の縁日と重なっているならば、日頃忙しい思いをしているだけに出かけたくなるのが人情というものではないのか。そして気晴らしであるならあえて他人を誘わず一人で出かけるのも不自然ではない。そもそも逸脱していると言えば、この夏にA氏が置かれている状況そのものが特殊だったのではないのか。

 腹立たしいことに、私のこの反論を彼は想定していたらしい。それを知り私は口を閉ざした。

 たしかにその可能性はある――もったいぶって彼は言った。しかしA氏が当時置かれていた特殊な環境や精神状態を考慮しても、その普段の嗜好や行動パターンを分析すれば、彼がその日に縁日に行くということはやはり導きだせないのだ。その分析に従えばA氏は漸く得られた久方ぶりの自由時間を、気に入りの調度を揃えた自らの私室で過ごした筈であるし、少なくとも外出しようなどとは絶対に思わない。特に――これが一番重要なのだが――彼が可愛がっているまだ五歳の甥が、熱を出して寝込んでいる日に自分だけ縁日になど行く筈はないではないか。彼には出かけるべき重要な理由があったのだ。そして、日記の記述を見れば彼が神社の名前を書き落としていることがわかるが、几帳面な彼が神社の名を書き忘れることも考えられない。明らかにA氏は、この神社を特定されないために故意に書かなかったのだ。

 私は鈴木の論拠に納得し、以降はもうつまらない議論を挑むのはやめるように努めた。なにしろ、鈴木の話に拠ればA氏の経営する工場が持ち直したのは昭和三年のこの時期だったというのだ。であれば、A氏が宮殿を見つけたのがこの日であり、その神社に宮殿へと至る手がかりが隠されているという可能性は十分にある。

 私でさえそう考えた。が、そうではなかった。鈴木は首を振り、勝ち誇ってこう言った。

 確かに僕が今言った通り、A氏のこの夜の行動は不自然であり、不可解な点が多い。でも僕はまだ、この記述が宮殿の手がかりだなどとは一言も言っていない。この夜のA氏の行動は、彼にはごく珍しく、恋愛絡みのトラブルだったんだ。A氏はこの夜、家族にも隠れて交際していた女性と別れなければならなかったのだ。君も知っている通り慎重なA氏はこの問題についてもはっきりと書き残してはいないが、その日に至るまでの数年間の記述に見られる僅かな痕跡からそれが読み取れるし、この夜以降は二度とそうした痕跡が見つからなくなることからもそれは証明される……。

 鈴木は自らの成果を自慢するように語った。私は彼の見事な推理に感心したというように見せつつ、さりげなく先を促した。

 今紹介してみせた事例は比較的わかりやすい方だ、と鈴木は言った。A氏は極端なまでに慎重な人物であり、洩らしてはならないことは絶対に洩らさず、個人的な日記にすらそれを直截記そうとはしない(もちろん、宮殿に関する情報がその最たるものだ)。そんな彼の日記からA氏が隠そうとしている秘密を探り出すには根気と洞察力が必要なのだ。

 そう言って鈴木は次の事例を挙げた。

 昭和三十三年の十月八日、午前十時にA氏はかねて招待されていた、町内に新しく完成した公民館の落成式に出席している。同じく式に出席していた町長と昼食を共にし、午後には県会議員との会談のために都市部にまで出向いている。

 この、一見すると本当に何の変哲もない、地方の有力者の行動記録が一体何だというのか?私はそう思ったが、彼の行動を熟知する鈴木からすればやはりおかしいのだという。

 鈴木はその理由について、彼が他人に貸したあと戻ってきたCDがどこか傷んでいないかと確認する時のように細かく、懇切丁寧に解説してくれたのだが、要はその頃の――工場の経営はとっくの昔に立て直し、どころか戦後の復興景気に乗って着実に事業を拡大している――A氏なら、たとえ招待されても町の公民館の落成式などには出席しなかった筈だというのだ。現に、数年前に別の地域の公民館の落成式に招待された際は――特に多忙と言う程でもないのに――用事があるといって丁重に断っている。特に、その日の午後に重要な会談があるのなら尚更だし、その後の数日の予定が詰まっていることからもその不自然さは増す。

 その公民館の建設にA氏が何らかの形で関わっているという形跡もなく、招待客の顔ぶれを見ても特にA氏を惹き付ける要素は存在しない。

 よって、これらの要素を総合的に判断すれば、この日のA氏の行動は不自然だと結論付けられる。

 ……ざっとこのような調子で鈴木はA氏の生涯の全てを――日記に記された範囲でだが――検証したのだ。それは今示したような行動の記録に留まらず、家庭生活におけるささやかな事件から時事問題への言及に至るまで、全て先の如き執拗なチェックを行って不自然な点を拾い上げた。特に、宮殿に関しては直截的に記してはならないというルールから、A氏が故意に書き落としている事項には注意を払った。そしてついにA氏の行動としてはどう考えてもおかしい(理由が全く思いつかない)、不自然な行動を起こした地点をいくつか特定し、また普段の彼なら絶対に言いそうもない発言を拾い上げることができたという。

 ただ残念ながら、それについては部内の取り決めで、私にも明かすことはできないと鈴木は言った。

 鈴木は彼にしては珍しくすまなさそうな顔をしていたが、私は全く気分を害してはいなかった。確かに彼の得た情報とやらを聞けないのは残念であるが、私は彼の手腕には素直に感心していたし、そうまで苦労して得た成果をおいそれと他人に喋ることができないのは当然の話である。なにしろ私は、彼のように苦労をしていないし、その情報に対価を支払うわけでもないからだ。

 それにしても、鈴木の手腕には改めて舌を巻かざるを得ない。その方法は勿論、分析における彼の論拠は全くもって確実であり客観的なものに聞えたし、何よりもその気の遠くなるような労力には素直に脱帽する。面識もない赤の他人のことをよくここまで偏執的に、恋人以上に調べ上げたものである。

 ただ気になる点といえば、鈴木の挙げたA氏の異常行動というのがあまりに些細な事柄ばかりであるから、どうしても単なる考えすぎか、A氏の気まぐれのせいではないのかと思えてしまうことだ。しかしこれについては、彼ほどにA氏のことを知悉していない私には判断のつかないことではある。

 私は改めて鈴木の顔を見た。今知ったばかりの彼の新たな一面に敬意を表して、認識を新しくしようと思ったのだ。

 見ると、話しているうちにどうやら鈴木は興奮しているようだった。

 よく見れば、いつもより顔色が悪いようなのだが表情はやけに生き生きとしているし、瞼の下には隈ができているが、目はむしろ爛々と輝いている。

 これは錯乱の兆候だろうか?彼のA氏への、いや宮殿調査へののめり込みぶりは、単なる高校の部活動の領域を遥かに超えているように思われる。クリームパンの最後の欠片を口の中にしまい、それをウーロン茶で流し込みながら、私は級友の精神を危ぶんだ。

 もっとも、それほど心配する必要はないかもしれない。私に自分の成果を物語っているうちに、ついつい調査に没頭していたときの精神状態に戻ってしまったのだろう。これはあくまで一時的なものであり、突然暴れ出して私に襲い掛かってくるようなことはない筈だ。私はそう楽観することにした。

 実際、鈴木が郷土史研究部のもう一人の男子部員――佐藤のことである――の調査報告について話し始めた時には、彼は目に見えて落ち着きを取り戻していた。少なくとも、そのように見えた。

 

     6

 

 所詮は余所者でしかない佐藤の調査には期待できないと言うのは、私と鈴木の共通の見解だった。佐藤は宮殿について根本的に誤解しているし、そのような誤解から出発した佐藤が宮殿に認められるはずがないからである。しかし、目の前の鈴木に続いて、私は佐藤をも見縊っていたのだった。佐藤もまた、私が想像していたより遥かに綿密な調査を行っていたのである。

 佐藤は図書館の資料室に通いつめてこの町の郷土史、殊に発掘の歴史を調べつくすと、一万年前から現代に至るまでの、各時代の詳細な図面を用意した。昭和初期と現在の図面については元々郷土史研の部室にあったものを利用したが、それ以外の古代から中世、近代に至る図面は自分で作成したという。それだけでも結構な労力が掛かったろうが、佐藤はご丁寧にもこの町の地形を性格に再現した模型を制作し、部室で披露したのだ。いかにも文房具屋の息子らしい発想である。

 勿論それだけのことであるなら、佐藤の用意のよさに呆れるだけの話だ。意外なことに、佐藤はそれに留まらなかった。これは下準備でしかなかったのだ。

 鈴木がA氏に着目したように、佐藤もまた一人の人物の業績に注目した。それはこの町の歴史が始まって以来、恐らくはもっとも多くこの町の地面を掘り返したとされる人物である。宮殿発掘に拘泥して財政を逼迫させ、人民を疲弊させた挙句、近隣の武将に滅ぼされることになった戦国時代の武将――(かげ)(ぬま)忠晃(ただあき)その人である。

 佐藤が影沼公のことを調べていると最初に言い出したとき、鈴木は密かに失笑したらしい。影沼公はたしかに宮殿――その頃はまだ宮殿ではなく単なる財宝であるなどと言われていたそうだが――の発掘にもっとも熱心だった人物としてこの町では知らぬ者とてない人物であるが、同時にその試みが無残な失敗に終わった人物としても知られているからである。昔話に出てくるマヌケなお殿様といえば影沼公のことであるし、町には明らかに彼のことを指すであろう囃子歌が伝わっている。私が子供の頃はよく耳にしたものだが、近年では廃れつつあるようだ。

 鈴木の話では、彼自身もまた調査の過程において、影沼公の事跡を調べることはしたという。世評では宮殿に行ったとされていなくとも、そうではなかったという可能性も捨てきれないからだ。しかし結局のところ、やはり世評通り影沼公は宮殿を見つけ出すことはできなかった、だから彼を調べるのは徒労であるというのが鈴木の出した結論だった。

 それに対して佐藤の意見は違っていた。影沼公が失敗したということは事実だろうが、だからといって彼の事跡を調べ上げることは決して無駄にはならない。彼は確かに敗残者であるが、失敗例には失敗例なりに参考にすべき点が必ずある。少なくとも、本人の書き残した記述などという主観的な情報に頼るよりは遥かに有益である……。

 このような考えの下に、佐藤は影沼氏に関する資料を集めた。この土地の土着の武士団であった影沼氏の一族は先述の通り戦国時代に滅亡していたが、幸いなことに彼らの家来筋の家に大量の古文書が保管されていて、残らず図書館に寄贈されていた。彼にとって幸いだったことは、影沼文献と呼ばれるそれらの古文書が熱心な司書の手によってデジタルデータとして保存され、閲覧可能になっていたことだった。これによって佐藤はかなりの手間を省くことができたのだ。

 佐藤の意図していたところでは、調査開始当初は影沼忠晃公の行った発掘調査の記録のみを取り上げるつもりであったらしい。しかし資料を読み込むうちに、意外なことがわかってきた。

 この町は、北側の山間部から生じる一級河川であるO川が運んでくる土砂の堆積によって形成された、いわゆる扇状地である。O川は最初のうちは町の北西から東南に向かって流れ、次第に緩やかに蛇行して西へと向かう。そして川向こうは大昔から別の町と見做されている――行政の都合で合併したところで、私達の意識はそうそう容易には変わらない。だからこの町は北の山間部と、西と南とを遮るO川によって区切られた範囲内に納まるのである(地続きの東側の町との境は常に曖昧だが)。

 これといった特産物はない。観光客の目を惹くような気の利いた名所もない。この国の歴史が始まって以来、この町が歴史の大舞台として脚光を浴びるような大事件が起きたことも一度としてない。要は日本中どこにでもあるような特徴のない、ありふれた田舎町なのである。

 そんな町であるから、郷土史を読み直したところでめぼしい成果が得られるなどとは地元の人間である私でさえ考えてはいなかった。町の変遷も何も、近年になって少しばかり宅地化が進んだ程度のことで、それ以前は百年一日の如く一面田んぼだらけだったに決まっていると考えていたのだ。しかし、現実はそう単純ではなかった。

 佐藤の調査したところに拠れば(私はそれを鈴木の口から聞いたのだが)この町は割りと最近まで、とは言っても中世までの話だが、その半分程の土地は人の住めない環境だったという。

 今では往時の面影こそないが、O川は現在の姿とは比べ物にならないほどの大河であったという。それは莫大な水量を誇り、数多の支流に分かれながら、この町の上を流れていた。つまりこの町の土地はわりと最近に至るまで、O川の水底にあったのだ。といっても全く人が住んでいなかったというわけではない。それぞれの支流の間にはそれなりの広さの陸地が中洲として点在していて、集落を作っていた。これがこの町の原型であるが、室町末期に余所からやってきた武家集団がこの土地に目をつけ、堤を築いて川の流路を変えた。これによって漸くこの土地は、町としての体裁を手に入れた。もっとも、その後幾度も氾濫して大洪水を起こすことになるのだが。

 さて、その室町末期にO川の堤を築いたという武家集団が誰あろう、影沼氏の一族である。これは歴史的な事実だという。

 それを聞かされた時には複雑な気分になったことだった。この町の住民なら知らぬ者のない暗君として有名である影沼氏、その祖先が、この町の基礎を築いたということが意外だったのだ。いや、単に意外であるというだけではなく、後ろめたいという感情を抱かされた。彼らこそがこの町を切り開いた大恩人であるというのに、後世の住民である私達は彼らを(正確には影沼忠晃公のみなのだが)馬鹿にして嘲笑っているのだ。これが忘恩の振る舞いでなくてなんだろう?

 とはいえ現在の私にとっては、さしあたって影沼氏の一族が郷土史に占める位置づけについてはわりとどうでもいい。余所者である佐藤にしてみれば尚更だろう。だから佐藤は感傷に囚われることなく、影沼氏の一族がこの土地で成した事跡に注目した。

 当たり前の話であるが、川の流路を変えて水が入ってこないようにしたところで、今まで川の底に沈んでいた土地がすぐに農地や居住用の土地として利用できるはずもない。当初のこの町は見渡す限りの葦原が広がる、沼沢地のような状態だったという。そんな土地から水を抜き、農地として利用するために人々を指揮し、余所から労働力を集めてまで開拓に乗り出したのはやはり影沼氏だった。

 ここまで聞かされれば、私たち町の住民が子供の頃から聞かされてきた影沼公の滅亡と宮殿伝説の関連にも、別の側面が見えてくる。彼らはこの町を切り拓き、長く支配者として土地を治めていた一族なのだ。古い伝承には通じているだろうし、なんといっても歴代の当主が連綿と続けさせてきた、開拓に関する詳細な記録を有していたであろうことは容易に想像がつくではないか。

 こうした実態が明らかになってくると、財宝狂いの暗君であったと伝えられる影沼忠晃公が、実像とはかなり異なっていたのではないかと思えてくる。そもそも、彼が本当に財宝などを求めていたのかすら怪しい。事実、佐藤の調査によれば影沼忠晃公が財宝を求めて発掘作業をさせたなどという記述はどこにも見当たらなかったという――勿論そのような主君への非難を、家臣が記している筈もないのだが。

 影沼文献には、最後の主君である忠晃公が命じたという発掘作業についての詳細が綴られていたという。それに拠れば、世間に流布している伝承では延べ百回にも及ぶといわれる人民泣かせの発掘作業はかなり水増しされていて、その実数は二十四回に留まる。しかもその内の十三回は実際には単なる農地の開拓であり、財宝とは何ら関係がないことが明らかとなった。彼の祖先が始めさせた開墾作業は、彼の代にはまだ残っていたのだ。

 つまり、純粋に財宝目当てと思われる発掘作業が行われたのは、たったの十一回だけだったのである。

 こうなるとその十一回の発掘作業が気に掛かる。鈴木と佐々木部長が注視する中、佐藤は用意した例の模型を使って(もちろん、この時のために用意したのだろう)、その十一回の作業が行われた場所に、順番に印を描いていったという。

 その結果は、驚くべきものだった。

 最初の三回については特に注目に値しない。それは、これも佐藤が用意しておいた過去のこの町の図面において、いずれも川床に当たる部分の土地だった。佐藤の説に従えば、過去に人間が住めるはずのない土地に、古代人の(これは佐藤が用いた表現だそうである)遺跡がある筈はないからだ。

 これに対して、後の八回の作業現場は明らかに異なっている。八回が八回とも、影沼一族が干拓を始める前から、陸地が広がっていた地域だったのだ。先の三回が全て川床を掘っていたということと考え合わせれば、これは偶然とは解しがたい。

 佐藤の分析はこうだったという。自分の領地に伝わるおかしな伝承に興味を示した影沼忠晃は、道楽のつもりであったかどうか真意は定かではないが、財宝発掘に乗り出した。しかしそのような軽い動機から始めたものだから、ろくに下調べもせずに掘る場所を決めてしまった。それは全くの当て推量か、せいぜい世間の連中の間で怪しいと噂されていた場所だったのだろう。とにかく、全くの徒労に終わった。

 その時になって誰かが余計なことを吹き込んだのか、それとも自分で思い出したのか知らないが、影沼公は自分の屋敷に伝わる資料を利用することを思いついた。そして恐らく、自分(これは佐藤のことであるが)と同じことを考えたのであろう、祖先の干拓したとされる場所を避けて掘るという方針に変更したのだ。これが佐藤の出した結論である。

 真に驚くべきことはこの後に起こった。

 佐藤の説に従うとしたら、宮殿のあるべき場所をある程度まで絞ることができる。かつてO川の川床であった場所をまず除き、更に影沼公が掘らせた後の八箇所を除くだけでいいのだ。それだけで、随分と的は絞られる。そうして浮かび上がってきた地点は、なんと――鈴木がA氏を調査することによって割り出した、A氏が不自然な行動を起こした場所と、見事に重なっていたのである。

 鈴木は苦々しい口調でそう吐き捨てるのを見て、私は理解した。要は自分が苦労して得た成果が、よりにもよって佐藤のそれと一致したことが不愉快なのだろう。

 いや、恐らくそれだけではないのだ。鈴木は、そして当然ながら佐藤も、佐々木部長にいいところを見せたかったに違いあるまい。それも、明らかに相手に差をつけるような形で。彼らは互いに、相手を自分の引き立て役にしてやろうと考え、そのために必死に努力してきたのだろう。単なる部活動としては不釣合いなまでの打ち込みようは、そう考えれば納得できる。

 だが、その結果たるや――本人たちにとっては――無残なものだ。相手に差をつけるどころか、互いの理論を補完するという結果になってしまった。不機嫌になって当然だ。

 そう考えたとき、脳裏にふと閃いたことがあった。彼らの奮闘がこうした結果に終わったことは、全ては郷土史研の部長である佐々木女史が仕組んだことではないだろうか?

 佐々木部長は、思わぬ結果に愕然とする二人に対し、以下のような結論を下した。影沼公の行跡を辿った佐藤の推論は妥当なものである。そしてその推論は、昭和初期に同じく宮殿を探索していたA氏の推論でもあったのかもしれない。だからA氏は、鈴木の調査で判明したように、影沼公が生前に調査することができなかった地点で不審な行動を見せたのだろう。

 よって、A氏が本当に宮殿を見つけ出していたのなら、その足跡を追っている貴方達は正しい道筋を追っているといえるのだ、と。

 この佐々木部長の説明から、とってつけたような印象を受けるのは私だけだろうか?彼女は最初から――鈴木と佐藤の話を聞く前から、そう考えていたのではなかったのか?

 彼女は、後輩である鈴木と佐藤の二人ともが、自分に好意を抱いていることを知っていたのではないだろうか?そして昨日の報告会の場を利用して彼女に自分の優秀さをアピールしようとしていたことも。しかし彼女としては、そのどちらの好意にも応えるつもりは毛頭なかったとしたら?

 だが、彼女の立場にしてみたら、その好意を拒絶することで彼らが辞めてしまうのは不都合があったのだろう。規定として部活として認められるには、最低でも三人の部員が必要だからだ。鈴木や佐藤でも、辞めてしまっては困るというわけだ。

 鈴木と佐藤という二人の後輩の好意を受け流しつつ宮殿の調査を続けるために、佐々木部長は二人の調査を誘導し、互いに噛み合うような――まさに互いを噛み合う結果となっている――結果へと導いたのだ。彼女はそれができる立場にあった。鈴木と佐藤はきっと、調査が少しでも進展する度に(それを口実に)彼女に報告していたに違いないのだから。

 考えすぎだろうか。私は、勝手な妄想をしているのか?

 だがそう考えれば鈴木の、そして佐藤の神懸かったかのような有能な調査ぶりにも納得ができるのだ。やはりどう考えてみても、この二人が先に示したような推論を自力で導き出せるとは到底思えない。実際に地道な作業をしたのはたしかに彼らなのだろうが、方針を決めてやり、彼らの誤りをその都度正し、導いてやったのは彼女に他ならないのだ。

 だとすると、彼女は予め二人の調査が行き着く結末まで予見していたことになってしまう。これだけの調査をするには相応の時間が必要だろうから、鈴木がA氏を、佐藤が影沼公を調査するという方針は、かなり早い段階から決まっていたに違いない。そんなに以前から、彼女は今に至る過程を予め見通していたというのだろうか?

 普通ならそんなことはありえないと考えるだろう。だが、私にはそうとしか思えないのだ。彼女ならそれも可能だろう――鈴木の話を通じて得られた、彼女の姿が真実なら。

 それどころか、彼女は鈴木と佐藤に調査させる前から、A氏のことも影沼公のことも調べ上げ、結論をだしていたのかもしれない。二人に助言を与えて導くことができたのだから、彼女自身にそれが可能であったことは疑う余地はない。鈴木と佐藤の苦労は、そもそもの徒労だったのだ。

 しかし、どうして彼女はそんなことをしたのだろう?二人の好意を牽制するためだけなら、他にやり方はいくらでもあった筈なのだ。弄びたかったとでもいうのだろうか、後輩たちの好意を?

 恐らくはそうではない。彼女は端的に、彼らに全く興味がないのだ。彼女が目指すべき場所に、この二人の居場所などない。彼女はそもそも、誰の助力も必要とはしていない。彼女はその意志を、はっきりと示して見せたのだ。

 先ほどからろくに弁当に手を付けず、虚ろな顔でコロッケに箸を突き刺し続けている鈴木を見る限り、彼もそれは無意識に理解しているのだろう。

 私はもっとも聞きたいこと、即ち佐々木部長自身が行った筈の報告を、まだ聞いていない。しかし今日のところは諦めざるを得なかった。肝心の鈴木はこの状態であるし、昼休みはもう終りに近づいている。

 その時、私のすぐ後ろで、椅子を引く音が響いた。私はとっさに振り返った。それは誰かが席に着く時の音ではなく、それまで椅子に座っていた者が、席を立つ時の音だった。

 私の目は、教室を出ようとしている後ろ姿を捉えた。(こげ)(ぬま)だった。私の二つ後ろの席の。

 彼は聞いていたのだろうか、私たちの話を?

 

     7

 

 佐藤が行方不明だという話はテレビのニュース番組でも報道されたと言うが、私は見なかった。私がそのニュースを聞いたのは、週明けの朝のホームルームの時だった。

 担任教諭の説明に拠れば、佐藤がいなくなったのは土曜日の夕方頃だったそうである。佐藤は少し出かけてくると家人に言い残し、軽装で出かけた。そしてそのまま戻ってこない。事件に巻き込まれたのか、或いは事故か、どちらとも取れる状況ではある。

 大した事件など起きない小さな町のことだから、佐藤の消息不明はちょっとした話題となった。登校途中にテレビの中継車を見たと騒いでいる連中もいた。

 いつもの私なら、話したこともない生徒が行方不明になったところで全く関心など持てないのだが、今回は違っていた。鈴木から話を聞いていただけとはいえ、そしてどうやら気に食わない輩でもあるようだが、それでも私は彼を知っていると言えるのだ。

 そして何よりも、佐藤は郷土史研究部の部員であり、この町の地下に眠る宮殿を捜していた男だ。彼を探し出そうなどとは毛頭思わないが、気にかけるのは当然だった。

 これは当然の話だが、私はまず自分の級友である鈴木を疑った。彼には動機もあるわけだし、先週の鈴木の精神状態は明らかに普通とは言いがたいものだったからだ。あの時の鈴木は確かに精神の平衡を失っていたから、同じ部の仲間だって躊躇なく殺せただろう。なにしろ、佐藤は鈴木にとって恋敵なのだから。

 午前の授業の間それとなく鈴木を観察し、昼になっていつものように昼食を食べ始めたとき、しかし私はその考えが間違っていたことを認めた。どうやら鈴木の精神はまだ正常を保っているらしかった。

 正常とは言っても、むろんまったく平常の精神状態というわけではない。見るところ少なからず狼狽していたし、それでいてどこか嬉しそうでもあった。

 恋敵である佐藤が消えて喜んでいるのだから、やはり鈴木が手を下したのだと考えることもできるが、その可能性はどうやら無視できるほど低い。なぜなら彼は正気だからだ。私の知っている鈴木なら、佐藤を殺した後に正気を保っていられる筈がないからだ。

 鈴木は確かに、佐藤を殺しかねない人間だ。情緒的に不安定だし、衝動的に破壊的な暴力を振るうことのできるほどの、未成熟な理性を持った人物である。しかし未成熟であるからこそ、殺人を犯したという事実に耐えることはできない。もっともそれは、知人を殺したという良心の呵責などではなく、自分が恐ろしい罪を犯してしまったという、単純な恐怖なのだ。

 だから彼は佐藤の消息については無関係だ。彼が犯人ならば、今頃は見苦しく取り乱していることだろう。しかしそれならそれで、彼の顔色が悪いことは不可解ではあった。身勝手な彼の性格からすれば、佐藤がいなくなったところで喜びこそすれ、安否を気遣うことなどありえない筈だった。

 鈴木はいつも以上によく喋った。飢えた野良犬のように下品に弁当を食った。いつも以上にどうでもいい話を、いつも以上に軽薄に喋った。その癖、肝心なことについては何一つとして話そうとはしなかった。

 車の免許を取ろうと思っているという限りなくどうでもいい鈴木の話を遮って、ついに私は訊ねた。あの先週の報告会で、佐々木部長がした筈の話を。

 へらへら笑っていた鈴木の顔は案の定というべきか、見事に強張った。劇的といってよかった。私はあくまで自然な表情を装っていたが、核心に触れた手応えを感じた。

 鈴木は急に無言になった。私を睨んでもいるようだったが、彼に睨まれたところでどうということもなかった。彼の口を開かせることなど、私にとっては赤子の手首を捻るより造作もないことだった。

 そもそも、いくら私を睨みつけていても、その目に迷いがあるのはすぐにわかった。鈴木という人間は、自分の身に少しでも余る出来事が生じる度に、誰かに話さずにはいられない、自分の抱える厄介ごとに他人を巻き込まずにはいられないという、迷惑な性分を持っているのだ。それでいて、自分が他人に迷惑をかけているという自覚が微塵もない。

 普段なら苦々しくも思うそんな彼の性向も今は好都合だった。私は彼の見方であるというふりをして、警戒を解くように努めた。彼が抱えているであろう問題など実際はたいした問題ではない、話してくれれば私がそれを証明してやる、そんな風に思わせるだけでよかった。

 鈴木は実にあっけなく説得された。もとより話してしまいたいという気持ちがあったのだろう、話し始めてしまえばもう促す必要もなかった。

 あの日――学期末の報告会があった木曜の放課後、鈴木と佐藤の報告を聞き終えた佐々木部長は、未だショックの冷めやらない二人に向けて語り始めた。

 まず彼女は改めて、鈴木と佐藤、二人を労い、賞賛を与えたという。

 二人はもちろん悪い気はしなかっただろう、未だショックを引きずっていたとしても。

 しかしそう話した上で彼女は、自分は少し二人とは違う考え方を持っていると語った。

 ――宮殿に行く者は、常に一人でいなくてはならない。

 そしてこのように続けた。

 ずっと昔から、宮殿に行くことのできるのはほんの一部の限られた人間だけだった。彼らの中には意識して宮殿への道を求める者もいたし、宮殿のことなどは全く意識しないまま、導かれて宮殿の元までたどり着いた者もいた。もっとも後者の人々であっても、本当は無意識に宮殿を求めていたのだ。

 そして、彼らは例外なく一人だった。たとえ日常の生活においては仲間に囲まれていたとしても、本質的には孤独だった――少なくとも、宮殿に行く時にはそうでなければならなかった。それが宮殿まで到る者の条件だったからだ。

 A氏は一人だった。その頃の彼の家は窮迫していたから友人は去ってしまったし、以前から隠れて交際していた女性とも別れなければならなかった。辛苦を共にしなければならない筈の家族も難局を彼一人に押し付け、協力するどころか彼を口汚く罵る始末だった。

 A氏は孤独だった。一人で問題に立ち向かわなければならなかった。それでも彼は望みを失わず、自らの力で現状を打破しようと努力した。

 その時、宮殿が彼に微笑みかけた。宮殿は彼を迎え入れたのだ。

 彼が宮殿で何を見て、何を手に入れたのかは誰にもわからない。とにかくその後の結果を見れば彼の家は難局を切り抜けたし、それどころか以前にも増して繁栄した。それでも、A氏が孤独ではなかったという証拠はない。

 ある画家がいた。彼は一流の画家を目指して努力していたが、なかなか認められなかったし、自分でも満足していなかった。どれだけ高名な画家の画風を取り入れても、既存のどんな技法を習得しても、どこか物足りなさを感じていた。困窮の中、彼はいつしか世間に認められることよりも、絵筆を握るうち朧げながらに浮かんでくるようになった、崇高なる理想の美の姿だけを描きたいと強く願った。

 宮殿は彼に微笑んだ。

 彼の絵は劇的に変わった。彼はもう既存の技法などに頼らず、もはや他人の評価などに左右されることはなくなった。賞賛を求めず、理解すら拒絶して、宮殿の中にほんの一瞬だけ垣間見ることができた究極の美を、せめてその一部だけでも地上に顕現させることを目指し、ひたすら絵筆を振るった。

 彼がその願いを実現できたのかはわからない。彼はたった一枚だけ自分の絵を残したが、その絵を見ても殆どの人間には理解ができないからだ。彼は結局、世間からは認められないまま終わった。その絵は省みられることもないまま、この町のある場所に眠っている。

 影沼忠晃は決してこの町で言われているような暗君ではなかった。彼はたった一人で危機感を募らせていた。自分達がこのままではいずれ、戦乱に巻き込まれて滅亡の道を辿るであろうことを知っていたのだ。彼には先見の明があったが、どんな策を巡らそうとその運命を回避することはできそうもなかった。明晰であったが故に、あらゆる努力が無駄であることをも思い知っていた。

 どうせ何もできないのならと、彼は宮殿の探索に着手した。それは彼にとって博打のようなものだったが、決して自棄になっていたわけではなかった。彼もまた生粋のこの土地の住人だったから、宮殿の実在を信じていたのだ。彼が求めたのは決して財宝などではなく、何でも願いを叶えてくれるという、神秘的な宮殿だった。

 影沼公は合理的な人物だった。根拠もない噂や怪しげな山師などに頼らず、常に何らかの根拠を要求した。彼は自らの祖先が残した資料に注目し、それに則って発掘させた。

 宮殿は彼に微笑まなかった。

 彼の失敗の原因は、大勢の人間を巻き込んだことにあった。彼は卓越した人間であったから、或いは彼一人であれば宮殿に辿りつくこともできたかもしれない。しかし彼は宮殿の発掘を公にしてしまった。人望があったから、多くの人々が彼に協力した。結果として、それが仇になった。

 宮殿は、徒党を組む人間には決して微笑まないのだ。

 彼女は以上のように物語った。

 二人――鈴木と佐藤は、呆気にとられた。彼らには、彼女の話は支離滅裂に聞えた。もっともらしく言ってはいるものの、その実何の根拠も示さなかった。

 鈴木は、その話は全くとるに足らないものだと思ったという(彼は私にはそう言った)。しかし、佐藤はどうやらそうではなかった。口では彼女の説を否定し、遠慮がちではあるが反論までしてみせたものの、実際はかなり動揺して見えたという。

 佐藤は明らかに衝撃を受けていた。怯えているようにすら見えた。

 鈴木はそう語ったが、私の目には彼自身も大差ないように映った。

 おそらく、佐藤の奴は部長に見捨てられたと思ったのだ。鈴木はそう続けた。部長の話を信じてしまえば、三人で協力している自分達もまた失敗するということになってしまう。そして部長なら、宮殿を捜すためになら自分達を切り捨てるだろうと思ったのだ。

 だから佐藤はショックの余り、ふらっといなくなってしまったのだ。鈴木はそう締め括った。あいつは部長に心酔していたからなぁ。

 他人事のように呟いているが、彼もまた佐々木部長に心酔していることは明らかだった。

 まったく馬鹿な奴だ。あんな戯言を真に受けて失踪しちまうなんて。部長にも驚かされたが、佐藤は本当に馬鹿な奴だ。

 もちろん、私に言わせれば本当に馬鹿なのは鈴木である。それが悪ければ楽観的に過ぎる。佐々木部長の話は、彼らへの決別に他ならない。もし仮に彼女の説が間違っていたとしても、彼女にとって鈴木や佐藤がとるに足りない存在であるという事実は揺るがない。

 鈴木はまだ繰り返している。まったく佐藤の奴は。佐藤の馬鹿は。

 本当は鈴木も気付いているのだろう。だからこうやって繰り返している。そうすれば考えなくていいからだ。

 ふと予感があって振り返ると、またしても焦沼がいつのまにか席に戻っている。私は今度は驚かなかった。彼はいつもそうしているように本を開いて、そこに視線を落としているが、私達の会話は耳に届いていただろう。

 鈴木はまだ繰り返している。

 

      8

 

 佐々木部長が姿を消した。

 相次ぐ失踪に騒ぎが一層大きくなった面があることは事実だった。事件である可能性はまだ否定できなかったし、それが続いているのならば由々しき事態ではある。同じ学校の生徒だということもありマスコミが押しかけてきたし、学校側も会見を行った。

 しかし同時に、緊迫性が一挙に薄れたことも事実である。まだ慎重な意見は残っていたが、大勢は一挙に低き方に流れた。同年代の男女――しかも同じ部活動に所属している――がほぼ間を置かずにいなくなったのだから、駆け落ちでもしたのだろうと考えるのは確かに当然だといえる。時間差を置いたのはもちろん、世間知らずの若者故の其処の浅い偽装だと見做された。

 一度そうした流れが定まれば、世間の関心はどこまでも下世話な方向に流されてゆく。マスコミは二人の関係はもちろん普段の学業態度から、学業成績や友人関係に到るまで、根掘り葉掘り聞きたがった。そしてもちろん、二人に共通する要素――郷土史研究部のことも。

 私は内心焦りを感じた。彼らの関心が郷土史研究部の活動内容に向かえば、「宮殿」が――この町の誇りである宮殿が、外部の無遠慮な目に曝されてしまう。この町に何ら関わりのない、宮殿の本質など何一つとして理解できない彼らが宮殿の存在をしれば、寄ってたかって面白半分に宮殿をいじりまわした挙句、宮殿が完膚なきまでに破壊されてしまうことだってあり得る。宮殿はそれほどまでに繊細な存在であり、そんな事態は私にとって全く耐えられないことだった。

 だがそんな私の不安を余所に、いつまで経っても宮殿が彼らの手に引き渡される日は来なかった。彼らがいかにも案じているという演技をしながら取り上げるのは消えた二人の若者のことのみで、田舎町に伝わる少し風変わりな伝説が紹介されることはなかった。失踪した今時の若者達について特に叩くことのできる要素を見い出せなかったせいか、世間の彼らに対する興味はあっけなく消失した。結局世間の連中は、二人が調査していたことに最後まで関心を示さなかったのだ。

 この結果に私は安堵したが、疑問を覚えないでもなかった。なぜ宮殿は、私が危惧したとおりに、低俗な大衆の好奇心の餌食になる運命を免れたのだろうか?たしかに郷土史研究部の活動と二人の失踪を結びつけるような発想のできる人間はいないだろう。それにしても、少し友人関係を調べてみれば、彼らが宮殿なる不可思議なものを捜していたというエピソードはすぐにでも出てきそうなものだ。

 もしかしたら、彼ら郷土史研究部が宮殿を捜していたと知っている人間は、私が考えていた以上に少なかったのかもしれない。いくら郷土史の研究という隠れ蓑を纏ったところで、高校生にもなって宮殿を捜すなどということはこの町では肩身の狭い行為なのだ。現に鈴木は私以外の人間には宮殿のことを話していないようであるし、或いは親にも――いや、親だからこそ――話していないのかもしれない。結局私は彼に会わずに終わりそうだが、どこかに消えてしまった佐藤とて、その辺りの事情は同じだったろう。

 まして、あの佐々木部長が他人に話すはずがない。

 あるいは。――私はこうも思う。郷土史研究部の三人が宮殿を捜していたことは、それほど多くはなかったとしても、ある程度の人間は知っていたかもしれない。少なくとも郷土史研の顧問である焦沼教諭――私の級友の焦沼の伯父――は確実に知っていたし、彼が話していたのなら、学校関係者の大半はそれを知っていたことになる。しかし記者会見においては、そのような話は一切出なかった。あの三人が接触したであろうアマチュアの郷土史研究者や図書館の司書達も彼らが宮殿に関わっていたことを知っていたであろうが、どこからもそんな話は漏れなかった。

 そう。私だけではない、この町の住民全てが、宮殿の秘密を守ろうとしたのだ。私達は皆、外部の連中の下等な好奇心に私達の宮殿が穢されることを憂えたのだ。

 私達はまるで一匹の巨大な生物のように、外敵の魔手から大事なものを――宮殿という名の共同幻想を――守り抜いたのだ。

 

     9

 

 こうして宮殿が守り通されたのに対して、マスコミの格好の餌食にさせられそうになったのが鈴木だった。二人もの人間が消えた郷土史研究部に残された最後の一人なのだから当然である。

 鈴木は余計なことを――宮殿のことを含めて――一切何も語らず、それだけで彼にしては上出来だった。といっても彼が賢明だったというわけでも意思が堅固だったということでもなく、精神的に参ってしまって何も語ることができなかったからだし、最初の一日意外はそもそも登校すらせずに家に引き籠っていたのだ。確かにそうでもしなければ彼はいずれ何かしら余計なことを口走っていただろうから、それはそれで最も賢明な処置だったと言える(この場合賢明だったのは、彼の周囲の人間だろうが)。そうこうするうちに世間の関心は自然と薄れ、マスコミの数は減っていった。一週間が過ぎる頃には、彼らは不満足な交尾を終えたサル共のように去って行った。

 白状すると、私は鈴木がこのまま学校に来ないのではないかと思っていた。これから長期休暇に入ることだし、少なくとも新学期が始まるまでは家から出ないのではないかと案じていたのだ。私も、彼には聞きたいことがあるというのに。しかし思いがけず、マスコミが消えたのを見計らったかのように(実際見計らったのだろうが)鈴木は登校してきた。

 私は最初、彼には当分近づかないでいる心積もりをしていた。鈴木は私と違って友人が多いから、彼らが鈴木を取り巻いて騒ぐのではないかと思っていたのだ。そんな騒ぎに巻き込まれるのはまっぴらだった。

 しかし彼の姿を見て、そんな心配は杞憂だとわかった。

 久しぶりに見る鈴木は見るからに窶れ、変わり果てた姿になっていた。いや、外見よりも中身の方が一層変化が激しいようだった。常に落ち着きなく貧乏ゆすりをしていて、視線をせわしなくあちらこちらに走らせた。その癖どこを見ているかわからず、誰にも聞えないぐらいの声で口の中で何やら呟いている。

 級友達は彼のそんな姿を見てショックを受けているようだったが、私は驚かなかった。なぜなら鈴木だからだ。彼ならばこの程度落ちぶれることなど造作もない芸当だ。

 そんな見るからに危険な人物と成り果てた鈴木に好き好んで近づく者はいない。昼休みになると、私はパンを片手に安心して彼に近づいた。鈴木は私の顔を見ると僅かに警戒した表情を浮かべたが、昼食に誘うと案外素直に付いて来た。

 

 私は彼を連れて中庭に行った。これまでなら私達の会話は誰の注意も引かなかったろうが――焦沼を除いて――今ではそうもいかない。宮殿の話をするとなれば尚のこと。現に、中庭に移動するまでの間でも、鈴木は生徒たちの注目を浴びていた。

 考えてみれば、校内で教室以外の場所で昼食を摂るのは私には初めての経験だった。どうでもいいことではあるが。

 中庭には既に多くの生徒がいたが、私達は運よく空いているベンチを見つけて座ることができた。まるで誰かがたった今までそこにいて、私達のために場所取りをしてくれていたかのようだった。鈴木はそこでも生徒たちの密かな関心を集めていたが、内に閉じ籠っている本人は気付いていなかったし、私も気にしないことにした。会話が聞かれ泣ければそれでいい。

 まず私は、鈴木の口を開かせることから始めなければならなかった。これはそれなりの難事ではあったが、不可能というほどでもなかった。私はちょうど鈴木が話すような、普段の自分では決して口にしないようなとりとめのない話をしながら、彼が自分から口を開くのを待つだけでよかった。

 私が話しながらパンを食べ終える頃、漸く鈴木は――せっかくの弁当も口にせず、ずっと放心状態だった彼が――口を開いた。

 最初は何を言っているのかわからなかった。それほど小さな声だったからだ。私は二度聞き返してやっと彼の言葉を理解した。そして驚いた。

 なんと鈴木は、あの二人が本当に駆け落ちしたのではないかと疑っていたのだ。

 私は呆れ果て、咄嗟に返事をすることもできなかった。

 あの二人が駆け落ちしたなどという話は宮殿について全く何も知らない外部の人間が信じる戯言でしかない。私に言わせれば、もっともありえない可能性の一つである。それを事情もよく知らない人間ならともかく、誰よりも二人に近い位置にいた鈴木が口にするなど、全く理解できなかった。

 少なくとも、ある程度の事情に通じている人間なら誰しもこう考える筈だ――即ち、佐々木部長は宮殿に辿り着いたのだと。

 私にはその方法がわからない。だからこそ鈴木に、彼女のことを聞きたいと思っていたのだ。

 しかし、どうやら鈴木はふざけているわけでもなんでもなく、本気で二人が駆け落ちしたと信じているようだった。彼に自分の気持ちを偽れるような余裕はなかったし、明らかに佐藤に対して嫉妬していたからだ。

 私は頭を抱えたくなった。なぜ、彼はこのように愚かなのだろう?恋愛とはそれほど人を盲目にさせてしまうものなのだろうか。それとも、単に対象に近すぎて客観的に見ることができなくなっているとでも言うのだろうか?

 或いは、鈴木は本当に当事者にしか知りえないような何かを知っているのだろうか。あの二人が駆け落ちしたと考えるにたる、私の知らない要因を。

 私は我ながら感心するほどに忍耐強く、鈴木の繰り言を聞き流してやった。都合よく木陰に入れたとはいえもう七月も半ばであるから、そうしているだけで汗が滲んだ。南の方角を見上げれば思わず驚くほどの背の高い入道雲が青い空に聳え立っていて、幼い頃によく海水浴に連れられて行った海岸を私に思い出させた。

 私の努力の甲斐あって、鈴木の精神は少しずつ正常に近づきつつあった。鈴木は何度も、本当にうんざりするほどに二人は駆け落ちしたに違いないと言い、私はその都度それを否定してやった。それは実に馬鹿げた作業で、何度も投げ出しそうになったが、私が否定するたびに彼が回復していることは明らかだったので、そうするわけにはいかなかった。私はこの馬鹿げた作業は決して鈴木のためではなく、宮殿のことを知るための儀式なのだと自身に言い聞かせて堪えた。

 要するに鈴木は、佐々木部長と佐藤が駆け落ちしたなどという馬鹿げた妄想を自身疑いながら、それでも否定しきれないでいる。自分だけではどうにも不安だから、第三者に否定してもらいたがっているのだ。

 そして私は、その行為を通じて鈴木にとって不可欠な人間になる。もちろんそんなことは願い下げだが、彼に佐々木部長のことを聞きだすまでは、私はその立場を保たなくてはならない。

 頃合と見て私は聞いた。いなくなる前、佐々木部長は何か言っていなかった、と。

 しかしあろうことか、鈴木は私の質問に答えることを躊躇った。それどころか非難がましい視線まで向けた。

 そんなことが許されるはずもない。私はやむなく揺さぶりをかけることにした。実は私もこの問題には確信がなく、やはり二人は駆け落ちしたのかもしれないと思い始めた。なにか、それを否定できる材料があればいいのだが……と。

 効果は十分だった。鈴木は泣き出しそうな顔になり、慌てて話を始めた。

 佐藤がいなくなった後も、佐々木部長には部員の安否を案じているという素振りは全くと言っていいほどなかった(鈴木はこの点を強調した)。そして鈴木に、自分達が宮殿について調査していたことは外部の人間には絶対に口外してはならないと告げた。

 彼女は、(鈴木にしてみれば)不自然に思えるまでに、佐藤のことを口にしなかった。もとより鈴木にとっても佐藤がどうなろうと知ったことではないし、彼女が佐藤のことを心配しないのはむしろ小気味よいことではあった。しかし同時に、自分でもよくわからない不安感に襲われたという。

 それに耐えかねて、鈴木はつい冗談を言った。「佐藤の奴、宮殿にでも行ったんですかね?」

 私は吹き出した。抑えることもできず、声を立てて笑ってしまった。中庭にいる生徒が私を注視していることはわかっていたが、それでも止めることができなかった。

 佐藤が宮殿に行ったとは!鈴木にしては、なんて気の利いた冗談なのだろう!

 これが笑わずにいられるだろうか?

 ひとしきり笑って顔を上げると、鈴木が愕然とした、とでもいえるような、どこか怯えてでもいるような表情で私を見ていた。

 「どうしたんだよ、お前。突然、笑い出して」

 私はまだ笑いの余韻を引きずりながら、あまりにも面白い冗談だったから、と弁解した。

 実際、それは彼の、白眉といっていいほどの冗談だった。鳶は鷹を産むのだ。

 「そんなに面白いこと言ったか?そんなに面白いか、これ?」

 鈴木は戸惑いながら、佐々木部長もやはり私と同じように笑ったのだと言った。普段は鈴木や佐藤がどんなにおどけてみせても微笑むくらいしかしない彼女が、声を立てて笑ったのだという。

 喜んでいいはずなのに、彼はむしろ恐ろしくなったのだと言う。

 佐々木部長は言った――彼が宮殿に行くなんて、そんなこと絶対にありえないわ、と。

 それがあまりにも確信に満ちた口調だったので鈴木は戸惑った。もちろん鈴木とて佐藤が宮殿に行くなどありえないことだとは思っていたが、自分と彼女ではその意味合いが全く異なっているように聞えたからだ。

 鈴木は不安になったという。彼女がこのように言うのは、佐藤の居所を実は知っているからではないかと。つまり彼の他愛もない不安は、この発言からきていたのである。

 内心の不安を抑えて鈴木は聞いた。なぜ、佐藤が宮殿に言ったのではないと言えるのか。佐藤は宮殿についてよく調べていたし、知っての通りその候補地を熟知している。一人で抜け駆けして、宮殿を探し出したのかもしれないではないかと。

 彼女は首を振り、こともなげに言った――あの候補地というのは、宮殿を目指すためには全く何の役にも立たないわ、と。そんな方法で宮殿を探し出せるわけがないのよ。

 もちろん、鈴木は酷く驚いたという。もしそうなら、自分の調査は全くの無意味になってしまうではないか。そう訴えた。

 彼女は微笑みながら言った。宮殿に行くことができるのはほんの一握りの人間でしかない。そして彼らにしたところで、様々な創意工夫や努力を重ねて、初めて宮殿を見つけ出すことができる。中には本当に運良く宮殿に辿り着いてしまう者もいないではないが、そんな者はごく稀な例外に過ぎない。

 そして宮殿を見つけ出すために最も必要なことは、自ら創意工夫をすることだ。宮殿を求める人間の多くは、しかしまず先人の真似をしようとする。成功者の足跡をそっくりそのまま辿り、彼らのようにすれば自分も宮殿の恩恵を得られると思いこむ。

 しかし、そのような方法を用いたところで、宮殿に近づくことはできても未来永劫そこに到達することはできない。宮殿に招かれ、その神秘を味わうことができる者は、だから自らの道を見い出した者だけなのだ。

 だからといって、人の真似をすることは決して無駄ではない。宮殿には自分の足で歩いていくしかないが、私たちの大半はそもそも歩き方をしらないからだ。先人の真似をすることは、歩き方を学ぶてっとり早い近道なのだ。

 勘違いしてはいけないが、そうやって自分のやり方を見つけたところで、全ての者が宮殿に迎えられるかというと、残念ながらそうではない。それはあくまで最低条件だからだ。それに、一度宮殿に行くことができた人間にしても、そう都合よくもう一度行けるとは限らない。宮殿に行くには、それに相応しい時期というものがあるのだ。宮殿に行くことのできる優れた人間であっても、その時期を逃してしまえば、宮殿への扉は永久に閉ざされてしまう。宮殿を見つけ出し、そこに招かれるということは、これ程までに困難を伴うものなのだ。そして、だからこそ価値があるのだ。

 ざっとこのような意味のことを彼女は語ったという。

 私は感動を覚えていた。彼女が話したというこれこそ、私が思い描いていた宮殿のイメージそのものだったからだ。

 いまや疑う余地はなかった。彼女はやはり宮殿に行ったのだ。もちろん、たった一人で。

 私は、おそらくは久方ぶりであろう、この町に現れた新たな到達者の誕生に、限りない賞賛の念を抱いた。

 

 しかし、鈴木は頑なに事実を受け入れようとはしなかった。それどころか彼は、佐々木部長をありもしない妄想に囚われた、哀れな女だと罵った。そのような場所が現実に存在するはずがない、彼はそう叫んだ。

 私は、敢えて彼の発言に同意してやった。たしかにその通りだ。そうであればやはり、彼女は佐藤と恋仲なのであり、手を取り合って逃げたに違いない。君はずっと、二人にとっては邪魔者でしかなかったのだ。

 私はそう言ってやった。

 鈴木は血相を変えて私に飛び掛ってきた。私はそれを予期していたので素早くかわした。

私は彼を避けただけだったのだが、鈴木は勢い余ってバランスを崩し、派手に転倒した。

 その騒ぎに、私たちへの興味を失いかけていた生徒たちの視線が、今度こそはっきりと鈴木に向けられた。

 衆人環視の中、私は倒れた鈴木に手を差し出した。しかし、私の級友であるところの鈴木は、もうそこにはいなかった。いるのはおかしな目付きをした、意味をなさない獣めいた唸り声をあげる、精神の平衡を失った「人間」鈴木だった。

 彼はもはや私に目もくれず、奇声を上げながら、あらぬ方へと走り去っていった。

 

     10

 

 放課後になっても鈴木は戻ってこなかったので、私は焦沼と一緒に下校することにした。

 駅へと続く寂れた商店街を歩きながら、私は並んで歩く彼に宮殿に行く方法について尋ねた。彼は一言、夢を見ればいいとだけ言った。

 彼ならば、私が宮殿へと行ける方法を知っているだろうと思っていただけに、その応えは私を戸惑わせた。全く予想外のものだった。その答えは私に、オカルト的なものを連想させた。宮殿を死後の世界や神秘体験と結び付けようとする連中は昔から少数ながら存在するが、私にはそれは頷けないものだったからだ。

 たしかに、宮殿を人知を超えた存在であると見做し、神秘的な存在だと考えることは私にも理解できないではない。少なくとも、宮殿を過去の人間が造ったものだと見做すような現実的な見解よりは断然いい。

 だが、それでも宮殿をオカルト的な現象だと見做すことは私にはできなかった。なぜなら、彼らの大半は、何の努力もしないで宮殿に行くことを願っているような連中だからだ。何の努力もせず、ただ徒に祈りを捧げるばかりで、自身を向上させようなどとは決して考えない。それが神でも悪魔でも、そして宮殿でも、とにかく超越的な存在を崇め奉ってさえいれば、いつか自分だけは救われると信じている。

 私の宮殿は、私が思い描いている宮殿は、断じてそんなものではない。私は彼にそのように主張した。

 焦沼は何も言わなかった。ただ並んで歩く私の顔を見ながら、黙々と歩き続けるばかりだった。私は腹立たしく思って、更に反論しようとした。

 そして気付いた。私もまた、彼らと同じではないのか?

 私もまた、何の努力もしないで宮殿に行こうとしていたのではないか?

 宮殿を目指そうともしない人間を見下しながら、宮殿を捜している鈴木や佐藤のやり方を内心では批判しながら、何もしてこなかった。それでいて、自分だけはいつか宮殿に招かれると、何の根拠もなく信じていたのではないか。

 現に今、私は恥知らずにも焦沼に聞いたではないか――宮殿に行く方法を。それは自分で見つけ出さなければならないのだと、佐々木部長は言っていた筈ではないか。

 「ようやく気付いたかww」

 愕然とする私に焦沼は言った。

 「お前は宮殿に行くことなどできない。今のお前には何もないからだ。今のお前が何をしたところで、宮殿はお前に微笑まない」

 呵責ない言葉に私の心は悲鳴を上げた。もうやめてくれと叫びたかった。私はもう、十分打ちのめされているじゃないか。

 私にどうしろと言うのだ?その通り、私には何もないのだ。他人を批判し、貶める今年かできない私に、何をしろというのだ。

 「だが、見ることならできるかもしれない」

 どういうことだ。私はそう言ったつもりだったが、声にはならなかった。自分の身が恥ずかしくて、声を出すことすら恐ろしかった。

 「お前が今の自分を悔い、心の底から宮殿を求めるのなら、宮殿はお前の前にその姿を見せるかもしれない。その時は、お前は夢の中で宮殿を見るだろう。

 だが忘れるな、それは決して特別なことではないんだ。それだけでは意味がない。お前は決して、特別な存在などではないんだ」

 それだけ言うと、焦沼は急に現れた横道に入り、すぐにその姿が見えなくなった。私はそういえば、彼がどこに住んでいるのか知らないことに気付いた。

 

 ある夜、私は夢を見た。

 一切の光が存在しない、自分以外の何者も存在しない、真っ暗闇の世界に私はいた。

 私は恐ろしくなり、声を限りに叫んだ。しかし何処からも返事は戻らない。私は暗闇の中、子供のように泣きながら、夢の中を歩き続けた。

 すると、全く唐突に、私は宮殿の前に立っている自分を発見した。

 美しい宮殿だった。同時に、酷く簡素な宮殿でもあった。並ぶ柱は見たこともない神々しい光を放つ石材でできていたし、地上では実現し得ない完全なる形態を備えていた。しかし、私がかつて想像していたような精緻な装飾などは、全く施されてはいなかった。

 その時、一本の柱の影に、私は人の顔を見たような気がした。若い、美しい女性だった。私はもっとよく見ようと身を乗り出したが、それ以上一歩も動くことはできない。そうしている内に、彼女はもう柱の奥へ――今の私には決して届かない、宮殿の内部へと消えていった。

 あれは彼女だったのだろうか?しかし考えてみれば、彼女の顔を私は知らないのだ。