『上弦の月を喰べる獅子』 夢枕獏 著 ハヤカワ文庫

 

 最近、釣りの話で大きな賞を獲った著者の、わりと昔の作品(ハードカバーは89年刊行)。この本でもSFの大きな賞を獲っていた筈。

 夢枕獏さんといえば一番知られているのが『陰陽師』だと思うが、最初の頃は(今も?)伝奇バイオレンスの作家として知られていた。で、以外に思われるかもしれないが、私はこの頃の氏の作品もわりと好きだったりする。といっても、伝奇バイオレンス「だけ」の作品ではない。伝奇バイオレンスに仏教(哲学)を混ぜ込んだ諸作品が好きなのだ。ここに紹介する『上弦の月を食べる獅子』も、そんな話。

 あらすじをざっくり言えば、螺旋収集家である「わたし」と宮澤賢治の二人の魂が「スメール」と呼ばれる異世界に、一人の人間(の姿のアーガタ)として現れる。このスメールという世界は大陸程もある巨大な一つの山で、その周囲は海に囲まれている。

 アーガタというのは「来たるもの」とかいう意味で、主人公のように人間の姿のものもいれば、魚や虫やカブトガニの姿のものもいる。アーガタは全て海から現れ、陸に上がると一様にその巨大な山の頂上を目指して昇っていく。それは本能的なもので、本人にもその理由はわからない。だが、アーガタのどれかがスメールの頂上に到達すると、その世界は滅びるとも言われている。

 そんな感じ。……え?訳がわからない?それはそうでしょう。自分でも書いててよくわからないし(笑)。でも、本当にこの通りの設定なのですよ。くわしく知りたければ、手にとって読んでみてくださいとしかいえない。

 その後の展開としては、主人公である「アシュヴィン(双人)」が山を登りながら、他のアーガタと戦ったり、出会ったり、問答をしたり、忘れてしまった前世を思い出したりする。その底にあるのは、「自分とは何か」とか「生きるとはどういうことか」などの哲学的な探求。章と章との間には『螺旋経典』というその世界で編まれた架空の書物の記述が挿まれ、仏教的な話やら現代科学の話やらが紹介される。その一つ一つが、なんだか考えさせられる。終盤には、円生樹という不思議な樹(これもアーガタ)との対話の場面があったりする。

 とまあそんな感じの、設定といい内容といい、もう奇書と言っちゃってもいいような本である。私がこの本に出会ったのはまだ大学の学部生の頃で、最初に読んでからずっとお気に入りなのだが、しかし冷静になってみると誰もが読んで面白いと思える本ではない気がする(笑)。でも、たとえ面白いと思えなかったとしても、「なんか凄い」と誰もが思える本だとは思う。少なくとも、私が宮澤賢治と仏教的なものに興味を惹かれたのはこれがきっかけだった(まあそのせいで、宮澤賢治=シスコンだと刷り込まれちゃったのも事実なのだが)。

 とにかくこの本はそんな、(なんだかわからないがとにかく)凄い力を持った、稀有なる本の一冊なのである。

 

 *氏の同系統の作品には、若い頃の釈迦を主人公にした『涅槃の王』というシリーズがあって、これもお奨め(こちらは祥伝社文庫)。釈迦が主人公とは言っても全然史実(仏教説話)とは関係なくて、伝奇バイオレンスの雰囲気濃厚な奇想天外の冒険譚になっている(もちろんそれだけではない)。特にラストの、不老宮という謎めいた迷宮を進むところはすごくワクワクする。

 ちなみに最近では、空海を主人公にした『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』がこの系統に入るのかなと気になっているのだけど、こちらはまだ未読です。