『尾生(びせい)の信』 芥川龍之介 (芥川全集?巻)

 

 いわゆる文豪と呼ばれる作家で最初に好きになったのが芥川だった。もちろん今でも大好きである。取り上げたい作品もけっこうある。

 その中からそれほど有名ではない、というかはっきり言って殆どの人が知らなさそうな『尾生の信』という掌編を最初に取り上げるのは、偏にそれが知られていないという理由による。筆者には多少天邪鬼なところがあったりするので、つい他の人がとりあげていないものを取り上げたいと思ってしまうのである。

 しかし、これを取り上げるのはいいのだが、少し困ってしまった。作品を紹介する以上、その作品を読んでみたいと思わせるのが一番の目標となるわけだが、この掌編(原稿用紙10枚もない)を読む手っ取り早い方法がいまいちわからないのだ。芥川の作品を読もうと思ったら岩波とか新潮あたりの文庫を買って読むというのがもっとも一般的だと思うのだが、そうした文庫には多分この『尾生の信』は載っていないのだ(確認してないが)。

 ちなみに筆者が読んだのは古本屋で見つけた、昭和25年に岩波書店が出した芥川龍之介作品集の第三巻(けっこう薄い)。人にもそれを探してくれなどと無責任なことは言えない。なにしろ筆者にしても古書店や古本市などをうろついて、同じものを見かけた覚えがないのだから。一番確実なのは図書館に行って芥川の全集に当たってもらうという方法なのだが、あいにく筆者はこの作品が全集の何巻に納まっているか知らないし、どこの図書館にも芥川の全集があると決まったわけでもない。

 そこで、短い作品であることだし、ちょっと頑張ってこの作品を全て写して、この場で紹介することにした。著作権は切れているから問題はないだろう。たぶん。

 では、以下本文。()内は筆者が付した読みである。

 

「 尾生の信(びせいのしん)  大正八年  芥川龍之介 作 

 

 尾生(びせい)は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。

 見上げると、高い石の橋欄(きょうらん)には、蔦蔓が半ば這いかかって、時々その間を通り過ぎる往来の人の白衣の裾が、鮮やかな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。

 尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下の洲(す)を見渡した。

 橋の下の黄泥(こうでい)の洲は、二坪ばかりの広さを余して、すぐに水と続いている。水際の蘆の間には、大方蟹の棲処であろう、いくつも円い穴があって、其処へ波が当る度に、たぷりと云ふかすかな音が聞えた。が、女は未だに来ない。

 尾生はやや待通しそうに水際まで歩を移して、舟一艘通らない静な川筋を眺めまはした。

 川筋には青い蘆が、隙間もなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々に川柳が、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫ふ水の面も、川幅の割には広く見えない。唯、帯程の澄んだ水が、雲母(きらら)のような雲の影をたった一つ鍍金(めっき)しながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。

 尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもない州の上を、あちらこちらと歩きながら、徐(おもむろ)に暮色を加へて行く、あたりの静かさに耳を傾けた。

 橋の上には暫くの間、行人の跡を絶ったのであろう。沓(くつ)の音も、蹄の音も、或はまた車の音も、其処からはもう聞えて来ない。風の音、蘆の音、水の音、――それから何処かでけたたましく、蒼鷺(あおさぎ)の啼く声がした。と思って立止まると、何時か潮がさし出したと見えて、黄泥を洗ふ水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。

 尾生は険しく眉をひそめながら、橋の下のうす暗い州を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸づつ、一尺づつ、次第に州の上へ上ってくる。同時に又川から立昇る藻の匂や水の匂も、冷たく肌にまつはりだした。見上げると、もう橋の上には鮮やかな入日の光が消えて、唯、石の橋欄ばかりが、ほのかに青んだ暮方の空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。

 尾生はとうとう立ちすくんだ。

 川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷ややかな光を湛へて、漫々と橋の下に広がっている。すると、膝も、腹も、胸も、恐らくは頃刻(けいこく)を出ない内に、この酷薄な満潮の水に隠されてしまふに相違あるまい。いや、さう云ふ内にも水嵩はますます高くなって、今ではとうとう両脛さへも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。

 尾生は水の中に立ったまま、まだ一縷の望みを便りに、何度も橋の空へ眼をやった。

 腹を浸した水の上には、とうに蒼茫たる暮色が立ち込めて、遠近(おちこち)に茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりした靄の中から送ってくる。と、尾生の鼻を掠めて、鱸(すずき)らしい魚が一匹、ひらりと白い腹を翻した。その魚の躍った空にも、疎(まばら)ながらもう星の光が見えて、蔦蔓のからんだ橋欄の形さへ、いち早い宵暗(よいやみ)の中に紛れている。が、女は未だに来ない。……

    ―――――――――――――――――――――――――――――――

 夜半、月の光が一川(いっせん)の蘆と柳とに溢れた時、川の水と微風とは静に囁き交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思ひ憧れたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水の匂や藻の匂が音もなく川から立ち昇るやうに、うらうらと高く昇ってしまった。……

 それから幾千年かを隔てた後、この魂は無数の流転を閲(けみ)して、また生を人間(じんかん)に託さなければならなくなった。それがこう云ふ私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生まれはしたが、何一つ意味のある仕事ができない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、唯、何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。丁度あの尾生が薄暮の橋の下で、永久に来ない恋人を何時までも待ち暮したように。

                       (大正八年十二月)」

 

 以上が全文である。底本は岩波書店刊の芥川龍之介作品集の第三巻に拠ったが、一部の旧字を改めた。全部直さなかったのは、その方が雰囲気が出るかと思ったからである。

 さて。読んで頂けたならおわかりだろうが、この掌編には殆どストーリーらしきものは語られてはいない。少なくとも文章の上では。

 橋の下に男がいて、どうやら人を待っている風情である。それは男の恋人であるらしい。しかし待ち人はなかなか現れず、いつしか日は暮れて行く。橋の上の往来は絶え、海が近いため、川の水嵩は次第に増してくる。男は行き場を失い、ついには溺れて死体となって、海に流れていく。しかし男の魂はそんな骸から抜け、月の輝く天に向かってどこまでも昇ってゆく……。

 そして唐突に場面は移り、作者本人を思わせる「私」の現在の記述が挿入される。この死んだ男の魂が転生し、また人間に宿ったのが今の自分である。だから再び人間に生まれついたこの現代でも、ただ「何か」を待ち侘びるばかりで、何ら意味のある仕事ができないのだと語る。

 これだけの話である。主人公はひたすら誰かを待ち続け、しかし最後までその相手は現れない。そんなストーリーのない作品であるのだが、不思議と心に残る。少なくとも筆者は、これは芥川の諸作品の中でも完成度の高い一つだと思っている。

 初読の際に一番印象に残ったのは、女を待ち続けてあっさりと死んでしまった尾生(死ぬ場面の描写すらない)が海に流され、その魂が天に昇る場面の美しさだった。「尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思ひ憧れたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ(中略)うらうらと高く昇ってしまった」という箇所である。最初は単に文章の美しさにのみ目が行っていたが、それだけではないと気付いた。

 冒頭から作者はひたすら写実的に、克明なまでに橋の下を描写していた。そこから海へと場面が移ったと思うと、今度はすぐに天へと向かう。その先には月が輝いている。こうした唐突な場面転換が、これまた唐突にしてあっけない主人公の死も相まって、強く印象に残るのだろう。

 勿論、それにはそこに到るまでの橋の下の、長い長い一場面の描写が効いている。なにしろ最初からずっと、尾生が佇む橋の下の描写が続くのだ。尾生が女を待っている事情も、女自身のことも語られず、ひたすらの情景描写。橋の描写から始まって、橋の下の中洲。蘆やら川柳やらはともかく、蟹の棲家らしき穴に波が当ってたぷりと音がしたとか、鼻を掠めた魚の腹が白かったとか、呆れるほど克明である。そして繰り返される、「女は未だに来ない」のリフレイン。

 辺りは次第に暗くなり、川の水面は次第に増してくる。尾生の心情は直接は語られないが、その動作や暗くなる情景が代わりにそれを伝えてくれる。高まる緊張。どうやら現れそうにない気配に絶望の度を増しつつ、それでも待ち続ける尾生。読者は自然と主人公に同調し、女が現れるという奇跡を願わずにいられない。

 だがその希望は、あっけなく散る。待ち続けた尾生は水死する。その死骸は海に流され、虚しく朽ちる運命にある。たとえその魂は天に昇り、やがて転生するにしても、尾生と女の「物語」はここで終焉してしまうのだ(すくなくとも今生においては)。

 このまま終わってしまえば、この小品は単なる救いのない話になってしまう。しかし作者である芥川は、ここで終わらせることはせずに、死んだ尾生の「その後」を描いてみせる。尾生の魂は転生を繰り返し、数千年もの時間を経過して、いまは「私」として現在の生を生きている。しかしそのような遠い前々々々……世の記憶があるために、せっかく生まれ変わっても「私」は何も意味のあることは出来ないと。

 この後日談にして転生譚は、普通の小説としての構成から見れば、いささか唐突な感がある。なにしろ、転生などという超自然の現象が起きるという予兆も、必然性もまったくないのだから。それでも、この神秘的な後日譚が全体の印象から乖離しているというわけではないし、むしろこの部分があることによって全体の叙情性を高め、この小品を一つの幻想的な芸術作品に仕立てている。というより、この部分がなければ単なる短い不条理劇に過ぎない。

 「尾生の信」という言葉は『荘子』が出典で、意味は「堅く約束を守って融通のきかないことのたとえ」。原話は、女と逢引の約束をした魯の国の尾生という男が、橋の下で相手を待ち続け、川の水が増したのに立ち去ろうとせず、とうとう橋げたに抱きついたまま溺死した、というだけの話(『荘子』雑篇の第二十九)。これでわかる通り、この言葉には元々幻想的な雰囲気など欠片もなく、尾生は単なる馬鹿正直で間抜けな人物でしかなかった。しかし芥川の『尾生の信』を読んだ読者なら、たとえ尾生を愚かな男だと哀れむことはあっても、マヌケだと蔑むことはないだろう。

 融通の利かないことを戒める話から、このように美しい神秘的な作品を作り上げてしまった芥川。やっぱり流石としかいいようがない。

 

 ところで筆者が気になるのは、作中で尾生が生まれ変わったという「私」が、はたして作者である芥川とイコールなのかということだったりする。いやもちろん、芥川の遠い過去世が古代中国の尾生であったのかとか、芥川が転生を信じていたのかなどと疑っているわけではない。小説の主人公がそのまま作者の写し身だと信じているわけでもない。

 それでもやっぱり筆者としては、この作品の語り手である「私」の心情が、作者である芥川本人の心情に近いものに思えるのである。それも、容易に本心を窺えない韜晦の作家である芥川の、かなり素顔に近い部分の。

 といって別に根拠なんてない。強いて言えば作品の前半で、尾生が女を待ち続ける橋の下の情景、その細部の描写だろうか。最初に読んだとき、筆者はタイトルである『尾生の信』が『荘子』に由来する言葉だと知らなかったので、文章を読みながら時代劇なんかの江戸の街の情景を思い浮かべていた(尾生という名前は奇妙に思ったが)。だから原典を知り、尾生が古代中国の魯の国の人物だと知って驚いた。

 これはまあ要するに筆者が無知だから悪いのだが、しかし元ネタを知らないで読めば、多分誰も中国の話だとは思わないのではないだろうか。「石の橋欄」とか往来の人の「白衣の裾」とか「沓の音」など、たしかに言われてみれば成る程という描写もあるのだが、普通はあまり気にかけない。それより印象に残るのは蟹の棲み家らしい穴に波があたるたぷりという音であり、蘆や川柳であり、ひらりと翻った鱸の白い腹だろう。

 それらが中国にもあるものかどうか、そこまで筆者は知らない。しかしこの詳細な描写はやはり日本のものであり、作者である芥川の身近な情景から来たものとしか思えないのだ。「自分は、大川端に近い町に生まれた」という有名な文章で始まる『大川の水』を読めばわかる通り、芥川は大川(隅田川下流の通称)に特別な郷愁を寄せている。芥川にとって大川とその周辺の町並みが原風景といえる場所であったことは疑えないし、『尾生の信』の橋の下の描写にその体験が活かされているのも間違いない。「潮の満干をまったく感じさせない上流の川」より「淡水と潮水が交錯する平原の大川の水」になつかしさを感じると芥川は書いているが、尾生もまた潮の干満ゆえに橋の下で死んだのであり、「やさしく」海に流れてゆくのである。

 だったら、作中の尾生はやはり作者自身だろうか?死んだ尾生がやさしく海に流れてゆくというのは、芥川の回帰願望、あるいは自殺願望なのだろうか?それよりも、芥川といえば女性なるものへの不信感なのだから、尾生が「女に裏切られて死んだ」という事実にもっと注目すべきなのだろうか?

 答え。わかりません。そんなこと、研究者でもない筆者にわかるわけがない。大体、これは単に筆者が好きな本を好き勝手に紹介するだけの文章だったんじゃないか。なぜか長々と書いてるけど。

 だからこれはあくまで筆者個人の感想だと断っておくが、これは珍しく芥川の素直な心情が、というより芥川の心情の内の、かなり素直な部分が出ている作品なのだと思う。韜晦まみれで皮肉まみれ、複雑怪奇な性格の芥川が、普段はあまり表面に出さない部分を素直に表している。その意味で『蜜柑』に近い。

 女に裏切られた記憶を持ちながら、作中の「私」には女というものを恨む心情は描かれていない。そのために意味のある仕事ができず、漫然と夢見がちな生活を続けながら、来るべき不可思議な何かを待っているという「私」。これは言うまでもなく、小説などという全く実際的ではないことを生業にする芥川に重ねることが可能だ。それは自嘲であると同時に、芸術家という生き方への自負にも思える。

 じゃあ、やっぱり尾生は作者本人なのか?だからそんなことはわからない。ただ、芥川が「尾生の信」という短い不粋な故事から、こんなにも美しい浪漫的な作品を生み出したことは確かである。

 だから筆者としては、この詩情溢れる美しい一篇に、存分に浸っていれば満足なのだ。