『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』 麻耶雄嵩 著 講談社ノベルス・講談社文庫

 

 

「日本三大探偵小説」をご存知だろうか。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、中井秀夫の『虚無への供物』、そしてあの夢野久作による天下の奇書、『ドグラ・マグラ』の三冊である。しかしこれは戦前の小説が二冊も入っていることからわかるように、かなり以前に決められたものである(だれが決めたのかはしらないが)。

 そこで、現代版の「三大探偵小説」を選ぶとしたらどうなるだろう。ミステリー好きなら誰でも興味を持つだろうが、現在では昔と違って沢山の本が出ているから、決めるのも一筋縄ではいかないだろう。何を選んだところでどこかから文句が出てくるに違いない。結局、各自が自分なりの三冊を選ぶくらいしかできそうにない。

 で、もしも自分が三冊選ぶとしたら。その時は、この『夏と冬の奏鳴曲』だけは、絶対外せないと思っている。それも『ドグラ・マグラ』に代わる、「奇書」の枠として。

 といって、この本が『ドグラ・マグラ』的な本というわけではないのだが。

 さて、前置きが長くなったが、麻耶雄嵩(まやゆたか)氏の『夏と冬の奏鳴曲』である。作者はいわゆる「新本格」の作家。ちなみに「本格」というのは密室殺人とか孤島の館ものとか、要するにそんな非現実的な事件を名探偵(役)が解決するという筋の小説を指すのだが、そうした設定があまりに非現実的なこともあって、一時期ハードボイルドや警察小説に押されて衰退していた。それを90年代になって復活させたのが「新本格」。麻耶雄嵩氏はそんな新本格世代を代表する作家の一人であり、『奏鳴曲』は作者の二作目にして、その名声を確立せしめた傑作なのである。

 新本格の名にふさわしく、舞台は孤島の和音島(かずねじま)。そこでは過去にあるカリスマ的な女性が不可解な死を遂げていた。それから20年が過ぎ、当時その女性を囲んで共同生活を営んでいた人々が同窓会の為に島に集まるが、そこで謎めいた殺人事件が起こる。本土との通信も移動手段も断たれてしまう。

 こう書いてしまうと孤島もののありがちな設定に聞えてしまうかもしれないが、本書の読みどころはそこだけではない。まず、主人公。主人公の名前は如月烏有(うゆう)。21歳で、以前は医大の学生だったが、辞めてしまって今は小さな出版社の準社員となっている。惨劇の舞台となる島に来たのは、先述した同窓会の取材記事を書くため(ちなみに、烏有というのは「いずくんぞあらんや」とも読め、つまり「存在しない」という意味)。

 烏有には子供の頃、車に轢かれそうになったところをある青年に助けられたという過去がある。だが代わりにその青年が死んでしまい、そのことにずっと負い目を感じている。青年が東大の医学部生で、周囲から期待されていた存在だと知っただけに、彼を身代わりに生き残ったという罪悪感は余計募った。

 烏有はそんな罪悪感から、自分も価値ある人物になろうという強迫観念に駆られて勉強に没頭した青春を送るが、結局目指した(青年と同じ)大学に入ることはできなかった。滑り止めで受かった京都の私大にも行く気がせず、講義をサボって桂川沿いをブラブラしているときに、同じく学校をサボっていた舞菜桐璃に出会う。

 こんな過去を持つ主人公は、当然というべきか厭世的で人嫌いであり、他人に深く関わろうとしない。よって物語全体も暗い色調を帯びるのだが(ミステリーだからそれでいいのだが)、物語のヒロインである桐璃(とうり)の存在がそれを救っている。桐璃は高二だが高校には行っておらず、いわば登校拒否児なのだが、暗い感じはない。むしろ正反対に明るく無邪気で、主人公を「うゆーさん」と呼んでなにかと構ってくる。烏有が出版社で働くことになったのも、桐璃がその出版社の社長と知り合いで、紹介してもらったため。そうした事情もあって和音島にも無理を言って付いてきて、島で起きた殺人事件に消極的な主人公とは逆に、事件解決に乗り出す。

 そんな感じで、鬱屈したところのある主人公と、危機感のないヒロインを中心に物語は進む。烏有はできれば事件には関わりたくないが、どうも桐璃が狙われているフシがあるので、彼女を守るために動く。恋人というわけではなく、その能天気な態度に時に苛立ちを感じることもあるが、それ以上に救われている部分があるのを烏有は自覚しているからだ。そして彼女を守り抜くことで、あらゆる意味で理想の姿にはなれなかった忸怩たる自分を乗り越えようとする。

 こうして魅力的な登場人物に引きこまれ、気付くと頁を繰る指が止まらない。だからこの小説は本格ミステリーであり、同時に青春小説でもある。

 もちろん、魅力はそこだけではない。この小説には、数々の驚くべき仕掛けが用意されているのだ。仕掛けといっても作中の事件におけるトリックのことではなく、小説そのものに仕込まれた仕掛け、それも小説でしかできない仕掛けである。それも、こんな仕掛けを一作に注ぎ込んでいいのかと思う位盛り沢山。ネタバレになるので詳しくは言えないが、とりあえず作中作の『春と秋の奏鳴曲』という映画の部分を最初に読んだときは

 

 恐かった。

 

とにかく恐かった。なんというか、うまく言えないのだが、決して逃れることのできない罠に最初から囚われていたような、そんな底の知れない恐怖を感じるのだ。

 はっきり言って、凡百のホラー小説などよりよほど恐い。気味が悪くて、読み進めるのが苦痛なのだが、それでも読むことをやめられない。正直、こんなおかしなことを考え付く作者はちょっと狂ってるんじゃないかと思ったくらいだ(いや、勿論いい意味で)。

 そして、その後の怒涛の展開。反転に次ぐ反転で、それまでの世界がひっくり返る。明かされる驚愕にして、殆ど掟破りなまでの真相。作中における最大の仕掛けが明かされて、読者は烏有とともに動揺せずにはいられない。そして訪れる、衝撃のカタストロフ!

 主人公は最後に、とある決断を迫られる。破局が迫る極限状態に置かれ、烏有はある決断を下す。

 その時、自分を烏有と同一視させながら読み進めていた読者は、とてつもない衝撃を受ける。そして戸惑うだろう。人によっては完全に理解を離れ、反感すら抱くかもしれない。

 だが一方で、そんな烏有という主人公に一層惹かれるという読者もいるだろう。いや、惹かれるというのは適切ではない。なぜなら、そこに到れば安易な共感など消えうせている筈だからだ。残るのは、この如月烏有という稀有にして破格の主人公に対して、病的にのめりこむファンだけなのだ。

 そしてそんな病的なファンとなった読者にはありがたいことに、この作品には続編があるのだ。和音島の事件の後遺症に苦しむ烏有の、病的具合が存分に堪能できる『 (あ) 』。烏有本人は出てこないが、その弟である烏兎(うと)が主人公の『あいにくの雨で』。烏有が主人公……とはちょっと言いがたいが、少なくとも主要な登場人物として描かれる『木製の王子』。烏有が関係するのはその辺りだが、作中に出てくる「銘」探偵メルカトル鮎にはまれば、さらに他の作品を読む楽しみができる。

 ただ残念なのは、ひたすらに残念なのは、講談社文庫に納まったこの辺りの作品が、新刊書店ではあまり見かけないことだ。ご存知の通り講談社文庫は作者によって背表紙の色が違う。麻耶雄嵩の文庫は黄緑(に近い)色なのだが、それがあまり置いてないのだ。せっかく文庫に入れたのに、講談社は何をやっているのだと、声を大にして言いたい。マンガの原作とかやってる○○○○とかは特別扱いしておいて!

 ……はぁ(沈静)。いや、まあ、寡作なのは否定できないと思うけど。

 そんなわけで、これらの作品を手に入れるもっとも速い方法は、麻耶雄嵩先生には大変申し訳ないのだが、古本屋で探すという方法だろう。筆者の実感としては、文庫よりノベルス版を探した方が可能性が高いと思う(ちなみに作者の第一作である『翼ある闇』はハードカバーでも出ている。これを見つけた時は既にノベルス版を持っていたのだが、迷わず買った。……ちょっと自慢)。

 あ、アマゾンなら新品で手に入るのだろうか?殆ど使ったことないからわからない。アマゾンで手に入るならそっちからお願いします。

 とはいえ、最近は以前より精力的に活動されているみたいで、『隻眼の少女』とか『貴族探偵』とか、次々と単行本が出たのはファンとして嬉しい。まだ未読だけどメルカトル物の新作も出ているし。大きな賞も獲ったことだし、さらに精力的になってくれたらと願わずにいられない。

 でもって、如月烏有を主人公にした作品をまた読みたいという、手前勝手な希望を述べることを赦して頂きたい。なにしろ筆者はこの主人公が好きなために、自分の筆名にも「烏」の字を入れた程、このキャラのファンなのだ。赦してください。